―――森に潜む三人・・。
それぞれに距離を保ちながらイヤホン越しに会話する・・。
光学迷彩・・・・・・。
クリスティアン:「バグの無いプログラムは存在しないとは、
よく言ったものだな」
ジョン:「はっ、曹長」
、、、、、、、
ノイズが多いな...。
聞こえているか?
一台の軍用車が滑り込んでくる。
ユーリー:「曹長、軍の施設は左上のブロックのようです」
「いま、ペップを含めた数人が連行されていきます」
―――レンズを接近する、手錠が見え、顔が見える・・。
ユーリー:「モルガドは札付きの悪だと聞いていましたが、
まるで奴隷ですよ、あの扱い・・・・・・」
クリスティアン:「抑えろ」
*
―――都市部の補給場所を目指して歩く親子。
そこに通りかかった軍の兵士であるが、私服姿のヒルデブラント、
ジーパンにTシャツ姿。
先程まで恋人とデートしていたのだ・・・。
だが、仲間にはヒルデブラントはいつも賭けポーカーしていたと言う。
その親子の、子供の方である三歳か四歳ぐらいのラトヴィッジが、
転んで、膝をすり剥き泣き出す。
―――身体のバランス、筋力の問題、視野が狭いから。
ラトヴィッジ:「うえーん、うえーん、痛いよお」
ヒルデブラントはジーパンのポケットに手を入れながら、
中々助けに行かない母親のリュリュを訝しく思う。
(で も そ れ は 違 っ た ・・・・・・)
(違 っ て い た ・・・・・・)
リュリュ:「ラト君、あなた男の子でしょ。
このくらいのことで泣かないの、そんな弱虫でどうします!」
「泣いていて解決することがありますか!」
、、、、、、、
スパルタだった。
―――しかしヒルデブラントはこんぐらがった配線をきれいにするみたいに、
眼を細めて優しい表情をした。
ヒルデブラント:「(こんな戦争の時代、強くなくては生きていけない・・・)」
リュリュ:「あなたのお父様が見たら、
恥ずかしくなるようなことはお止めなさい!」
なるほど、未亡人というわけか、とヒルデブラントは思った。
―――二年以上続く長い戦争、推定五百万人以上の死者・・。
そんなことを考えていると、ラトヴィッジは泣きやんで、
リュリュの前に立っている。
―――男の面構えだな、と思う。
ラトヴィッジ:「ぼく、ぜんぜん、いたくないよ!」
リュリュ:「うん、そうね、ラト君は、お父様のようになってほしいの。
あとで、消毒して、絆創膏貼らせてね」
ヒルデブラント:「・・・・・・」
ヒルデブラントは母親というのを知らない。
物心つく頃には病気で亡くなり、父親は二年前に戦争で亡くなった。
殺伐とした時代だ、親戚もいない、
学校にも行かず、働くことを覚えて・・、
そんな時に恋人と出会った。
想えば、彼女も母親を亡くしていて、
そこにコマーシャルや挿絵のようにこぼれた『足りないもの』を自覚したり、
悟ったりした・・・。
―――だから母親ってあんなに強いものなのかな、と思う。
それとも、子供の為に強くなるものなのか、と・・。
一瞬の香りを残して親子は去った。
ヒルデブラントにとって、それは親子の記憶であった―――。
*
―――軍の司令室。
指令室に入るモルガド大尉。
部屋で部下のエネル中尉が待機していて、会釈をする。
エネル:「こんな僻地まで、連行、お疲れ様です、モルガド大尉」
モルガド:「よしてくれよ、エネル君。同期じゃないか。
しかし結局、小競合いは避けられない。共和国の会議は聞いたろう」
「いずれ大規模戦闘が始まるだろう」
エネル:「残念ながら」
自動ドアが開き、女性士官のエリーヌが、
お盆にコーヒーを載せて運んでくる。
あらかじめエネルが頼んでおいたのだ。
無表情ながら、緊張した面持ち。
、、
いや。
、、
いや。
モルガド:「そこで新型兵器のお出ましというわけだ」
エネル:「ここは『擬似宇宙』で『壁の外』で、
『鏡の中の世界』だという論文がありましたね、
あんな時代に戻りたいです、人々は死に、学校は壊され、」
、、、、、、、、 、、、、、、、、、
それを遮るように、手を上げるモルガド。
エリーヌに、ありがとう、と言う。
エリーヌは深々と頭を下げたあと、部屋を出る。
コーヒーに口をつけた後、どうも女性にはよく嫌われるね、私は、と言う。
モルガドが眉間に皺を寄せる。
モルガド:「来るさ、すぐ・・・・・・」
*
―――給湯室。
エリーヌが、エネルを物言いたげに見ている。
エネルはモルガドに、整備室はエレベーターで地下一階です、
すみません先に行っていてください、と言う。
一瞬咎めるような表情をしたあと、
聞こえないような声で君は本当にモテるね、とボソッと言う。
エネル:「さっきはどうもありがとう」
エリーヌ:「・・・・・・エネル中尉は、モルガド大尉について、
どう思われますか?」
「こんなことを言うのははばかられますが・・・・・・」
エネルは手を軽くパンと叩き、言い方を考える・・。
エネル:「なるほど―――しかし、心配はいらないよ。
彼は悪い噂が多いんだろうし・・・、
さしづめ、さっきの、敵軍の捕虜の扱いでも見たかな」
エリーヌは先程、立ち止まった捕虜の、
顔面を殴っているシーンに出くわした。
しかも、一発ではない、何発も立て続けに殴った。
(何でこんな奴がいるのかとエリーヌは思った、)
(肉挽き機械、地獄の見世物の現実を知りつつも、
人間であることを辞めた覚えはない・・)
エリーヌ:「敵軍だからといって、非人道的な扱いは―――」
エネル:「わかるよ、わかる。私もね、昔そのことで、
モルガド大尉に同期のよしみだからハッキリと物申したことがある」
「あれはね、ポーズなんだ、と言った。
嫌われ役を演じている、と。
軍隊にはそういうのが必要だと言われた」
エリーヌ:「わかります、わかります―――けど・・・・・・」
エネル:「エリーヌさん、認めろとは言わないよ、
私もああいうのは正直言って好きじゃない。
でも、あれはあれなりに考えてる。
軍隊で出世している通り、わかるだろう。
あれはあれで必要な人間なんだ、軽蔑していいと思う、
嫌いなら嫌いでいいと思う、隠せとも言わないよ、
ただ、それはそういうものなんだと思っていた方が、賢い」
、、、、、、、
ありとあらゆることは人間関係の問題になる。
エリーヌ:「エネル中尉は大人だと思います」
エネル:「いや違うよ、まさか、昔、奴と殴り合っただけさ、
もちろん、私が勝ったがね、負けてたら口もきかなかった、
お互い血だらけで痣だらけで、
口の端も切れていた、でもだから腹を割って話した、それだけさ、
私も若かったからね、君が思ったことの最低でも一億倍は怒ったよ、
恐怖政治じゃ人の心を変えられないとかね、
でもそう言いながら、自分も暴力で相手を変えようとしていた」
エリーヌが声をあげて笑った。
*
―――宇宙空間にある敵艦の喫煙ルーム。
ノイラート少佐が入ったあと、入れ違いのように、
フェルディナンド大佐が入ってくる。
お互い顔を見合わせて笑う。
士官時代に、先輩後輩あったが、酒を飲み合った仲。
フェルディナンド大佐が軍服から葉巻を取り出し、
(この気障と大胆とはにかみを混淆したポーズ、)
ノイラート少佐に渡す。
ノイラート:「ありがとうございます」
パイプカットをし、火を点け煙をくゆらせる。
ノイラート:「これは上物だ、舌が痺れる、
火星じゃめっきり手に入らなくなったものですね、
いまは電子臭くていけない」
フェルディナンド:「押収品だよ、母なる地球のふるさとの味。
とそれはいい―――首尾はどうかね?」
ノイラート:「はっ、先程偵察に行かせた三名が、
軍の施設に連行していくモルガドを確認しました、
引き続き任務にあたらせています。
いまのところ、目立った行動はないようです」
フェルディナンド:「アイツは、出世頭だからな。
よっぽどの要件がないとこんな戦地へしゃりしゃり出て来ない。
世論が納得するような切り札があるのだろう」
ノイラート:「とすると、やはり―――新型兵器ですか?」
フェルディナンド:「まあ、娘がいるというのもあるがね」
ノイラート:「遺言状でも、書きにですか?」
>狸と狐の化かし合い―――と言えばそうかも知れない。
>フレーベルの知育玩具・・。
フェルディナント大佐は、ノイラートの葉巻を拝借し、
一服する。
フェルディナンド:「つくづく運のない男だよ、私は。
もう二年以上続く戦争で、新型兵器のタイミングで、
上層部から指揮を任された。
しかも外向きの人間が手を汚す訳にいかん、歯がゆいよ、少佐」
*
ノイラート少佐はフェルディナント大佐を置いて、
喫煙ルームから出たあと、
その二つ隣の部屋へ入る。鍵を閉める。
(それはそういうことであった、)
―――パソコン画面を開いて火星へと通信をし、
画面にはフィルディナント大佐の兄の、
ラビ将軍が映っている。ノイラート少佐は、
フィルディナント大佐の時とは違い、砕けた口調になっている。
ノイラートはここに所属される前、彼の右腕として働いていた・・。
、、、、、 、、、、、、、、、、、
弟と違って、ちんこの小さそうな男だ。
ノイラート:「大佐は、尻尾を見せません、
そもそも、大佐みたいな男というのは、最後の最後まで、
隠し通すものです、言ったでしょ?」
ラビ:「ノイラート、しかしあいつは必ず、
戦争を終わらせてくれと言う。
その時だ、自殺に見せかけて射殺しろ」
ノイラート:「怖いお人だ、実の弟を。
しかし私はあくまでも中立ですよ」
ラビ:「いまはそれでいい。
お前はフィルディナンドの数少ない友人だし、
お前には心を開いている―――我々王族には、
王族の事情というのがあるのだ」
ノイラート:「でも私はラビ将軍、大佐が最後の最後まで、
隠し通す可能性も考えています」
ラビ:「だが、フェルディナンドに反戦派が近づき、
しかも、パーティーにも出たという証拠がある。
だが、そんなもの何とでも揉み消せる、
欲しいのはけちな証拠ではない、事実だ」
ノイラートは肯きながら、さてどちらに着くか、と思う。
ノイラート株とラビ株―――王族はスキャンダルを恐れている・・。
長引く戦争と後継者問題・・・、
ラビ将軍よりもフェルディナンド大佐の方が人気がある、
そうなれば後継者にもそちらが選ばれる・・・・・・。
、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、
戦争とは国家同士と、国家自身とも戦うこと。
*
―――軍の整備室。
収納庫と調整用の運動スペースがあり、
巨大なロボットが調整されている・・。
パイロットが入るコックピットに二十代後半の、
ヴァーチャルテストをしたマーキュリーが乗っている。
AIと人間の一体化を伴った試験。
その前方で厚い硝子越しに機器を操作するデュ・ボア技師長と、
それを見守るモルガド大尉とエネル中尉。
マーキュリー:「うわああああ・・・」
デュ・ボア「脳波の出力はどうだ? マーキュリー・・」
マーキュリー:「あ、頭が割れそうだ」
デュ・ボア:「疑似体験モードのパターンに切り替えろ、
実効制圧力を引き揚げろ、マーキュリー・・」
「通信回路を開け―――駄目だ・・・」
モルガドが中止させろ、と言う。
腕組みしながら威圧的に振舞う。
モルガド:「デュ・ボア技師長どの、もっとやれる者はいないか?
何だあの馬鹿は―――もっとマシな奴を連れてきたまえ」
デュ・ボア:「テストを完璧にクリアした者が、
いるにはいるんですが―――その、
どんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムでも、
大尉に、無礼を働く可能性が・・・・・・」
モルガド:「性格に難がある、上等じゃないか、
戦争向きってことだ。英雄っていうのはそういうものだ、
組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死。
許すよ、連れてきたまえ」
デュ・ボアが、溜息を吐く。
(厄日だ、もう頭痛いとか言って休めばよかった・・)
(だから役職上がるの嫌だったんだ・・)
いくらか事情を知り得ているエネルが肩を叩く。
(こいつもあいつも、本当に・・・)
(もうどうなっても知らんからな!)
連絡を入れる。
数分後、そこに長身の十代の若者ヒルデブラントがコックピットに入った。
デュ・ボアが、説明する。額に汗が浮いて、しどろもどろしている。
デュ・ボア:「人手が足りず、民間人から募集し、
パイロットテストをさせていた時に最高得点をマークした逸材です。
ただ、本当に腕は立ちますが、口の悪い奴で・・・」
ヒルデブラント:「おい、おっさん、早くしろよ、
俺は賭けポーカーの後で気が立ってんだ」
「オ ナニーがしたいなら夜にやれよ、おっさん!
あとで、スエズ運河の写真送っとくからよ!」
デュ・ボア:「口を慎め、馬鹿野郎!
おっさんじゃねえ、技師長だ!」
デュ・ボアの慌てぶりが面白く、
モルガドとエネルがほくそ笑む。
しかしテストが始まるや否や、聞いた通りの腕前を見せる。
姿勢制御、冷却シフト、全回路接続。耐熱フィルム・・。
代謝の制御、知覚の鋭敏化、
運動能力や反射の飛躍的な向上、情報処理の高速化と拡大・・・。
、、、、、、、、
天性のパイロット・・。
モルガド:「しかしまあ、あんなボウヤに、
この戦争を委ねるというのも、すごいギャンブルだな」
エネル:「と仰られる割りには、楽しそうですが」
モルガド:「若者に責任はない、本当にそうか?
老人たちはデクノボーだ、なら若者が戦うしかない。
踏み台にもならないなら踏みながら埋めて進む、
それが若者だ、若者は国家の宝だ、才能は世界中の宝だ、
エネル君、立場が違ったら、私があのボウヤのようになりたいよ」
*
整備室から出たマーキュリーはふてくされながら、
一階の女性士官のエリーヌのところへ行く。
パソコン操作しているエリーヌが、マーキュリーに気付く。
恋人ではなかったが、故郷の友人である―――。
マーキュリー:「もう本当にやってられないぜ!」
エリーヌ:「あんたねえ、いい加減あたしに愚痴こぼしにくるのやめなよ」
マーキュリー:「愚痴じゃねえよ、ヒルデブラントの野郎、
ポーカーばっかりしてるくせに・・・・・・、
擦れ違いざまにセンパイすみませんだと、
小馬鹿にしやがって・・・・・」
、、、、 、、、、、、、、、、、
ちなみに、ポーカーはしていないと―――思う。
エリーヌは両手を上げて、溜息を吐き、コーヒーを淹れてやる。
ミルクも砂糖もない、ドンと置いて、飲めといった具合。
粉末を多くした、苦いコーヒー。
う、苦っ、という顔をしたところで、
すかさず、そういうところが、という顔をする。
エリーヌ:「ヒルデブラント君は、二枚目だもんね。
すらっとして長身、その上、才能もある。
パイロット最年少記録持ちの彼に、
嫉妬したくなるのもわからなくはない」
マーキュリー:「そ、そんなんじゃねえよ」
エリーヌ:「でも人一倍、トレーニングに励んでたり、
少しでもわからないことがあったら誰にでも聞きにくるわよ。
あなたどう? 彼のいいところ、一度でもちゃんと見た?
マーキュリーに言っても仕方ないかも知れないけど、
期待されているって大変なのよ、風当りだって冷たい」
マーキュリー:「・・・・・・」
エリーヌ:「あの子、口悪いって聞くけど、多分ここで、
最年少で、誰に頼ることもできないから、
つっぱってんじゃないかな、と思うな。
あと、センパイすみませんって言うのは、
馬鹿にしてるんじゃなくて、本音じゃないかな、
マーキュリーがちゃんとやってることは、
あの子知ってると思うよ」
マーキュリー:「・・・・・・」
*
―――食料の配給場所。
配給は主要な食糧、その他の食料品、衣類などの日用品にも及ぶ。
都市部は壊滅状態にあり、こうして軍から引き渡されたもの、
それから善意の提供者などのものを公平に分配する民間団体がいる。
―――缶詰、不当な満足に程遠い配給、交渉役・・。
栗色の瞳で、緑色の髪をしたアイヴィーはその中の一人で、
炊き出しの温かいコーンスープをすくって入れている。
ひと段落したところでロケットを開いて見つめる、
そこにヒルデブラントが写っている。
アイヴィー:「配給です、沢山ありますので並んで下さい」
民間人男A:「八人分ください」
アイヴィーは、その男の後ろの小さな子供達に微笑みかけて注ぐ。
こんな時代だから、沢山食べてほしいなと思う。
アイヴィー「・・・・・・」
大人たちの都合で戦争が行われ、子供たちはその犠牲者になる。
そこへ赤ん坊を抱えた女性が割って入ってくる。
民間人女A:「あの、おむつとかもらえますか?
場所が広くて、何処に行ったらいいのかわからなくなって・・・」
アイヴィー:「もちろん、貰えますよ。
あちらのスペースで申し出て下さい、
本当はこちら側が看板を立てて、
もっと分かり易くしたらいいんですけど」
民間人女A:「ありがとう、可愛いお嬢さん」
アイヴィー:「どういたしまして」
アイヴィーは活気のある人の群れを見つめる。
『見知らぬ人』は『見知らぬ人』で済まされた時代がある、
でもいまは、『見知らぬ人』は、『困った人』だ・・。
(人がいれば争いが起きる、食べられないもの、嫌いなもの、
アレルギーを持っている人、それらには情報が要る。
でもその情報が、まったく取得できない・・)
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
戦争は弱い者たちで連携しなくてはいけないのに・・・。
その時、携帯電話に着信があった。父親からだった。
配給場所から少し離れて、電話に出る。
モルガド:「もしもし」
アイヴィー:「あ、お父さん、いまこっちにいるの?」
モルガド:「ああ、こっちに来てるよ、夜に会おう、
いつも傍にいてやれなくてすまない」
アイヴィー:「何言ってるの、お父さんなんかいなくても、
わたしは元気ですよー。ファザコンじゃないですからね、
彼氏百人、夜遊びし放題、もう、元気すぎて元気!」
モルガド:「ハハハ・・・・・・ハハ・・・」
もちろん、それが嘘であるのはわかっている。
父親と娘の軽口を言い合える仲は、つまり似た者同士ということ。
―――民間団体に志願して、忙しく過ごしているのは知っていた。
モルガドは笑い声の声を落としていき、
すうっと、低い声を出した。
アイヴィーは少し緊張する。
モルガド:「母さんのことは、残念だった。
お前が葬式をして、気丈に振舞っていたと聞いた」
アイヴィー:「よしてよ! 怒るよ!
わたしに昔、弱音は禁物って言ってたじゃない、
それとも男は約束を違えるもの?」
モルガド:「すまない―――でも・・」
子供にとって母親というのは特別なものだ、とモルガドは思っていた。
けれど、言葉は続けられなかった。
アイヴィー:「そりゃ、お母さんが死んだのに、
葬式にも帰ってこれないのを怒るのは簡単だけど、
こんな時代だから、理解してる・・、
それにそれは一年前に、聞いたわ・・」
モルガド:「苦労をかけてすまない、夜に、夜に会おう」
アイヴィー:「ええ・・・・・・」
*
整備室に戻るマーキュリーと、
ヒルデブラントが会う。
―――考えてみると、考えてみるとだ、
一度もちゃんとこうして話したことがない・・。
マーキュリー:「ヒルデブラント!」
ヒルデブラント:「何ですか?」
マーキュリー:「俺も色々と考えた、
お前は才能がある、俺にはお前ほどの才能はない、
俺はおそらくネフスルグナに乗るだろう」
ヒルデブラント:「どういう風の吹き回しですか、
センパイ、俺のことを嫌ってると思ってましたよ」
マーキュリー:「俺は前の配属地で、
パイロットの同僚と揉めたことがあってな、
下らないことをやったもんさ、心が荒んでな、
―――そいつの飯が俺より多かったら、
文句つけにいったもんさ」
プッ、と吹き出しそうになるヒルデブラント。
おいこら、笑うんじゃねえよ、とはにかむマーキュリー。
、、、、、、、、、、、、、、、
エリーヌの言う通りかも知れない・・。
マーキュリー:「俺は人間の器が小さいんだ、
軍人でもない、大した経験も努力もしていないまだ若いお前が、
どんどん結果を出していく、そんなお前がずっと羨ましかったのさ・・・、
でもそれじゃいけねえ、俺も屑になっちまう」
ヒルデブラント:「俺だって器が小さいですよ。
周囲が年上だらけで本音なんか話せません、
なめられたらどうしよう、そればっかりですよ」
マーキュリー:「これからは本音で話せ、
あと、ちょっとずつでいいから、口調を直せ。
仲間なんだからな、喧嘩になるようなのは避けろ。
酒はまずいから、飯に連れてってやる、
あとその何だ、
―――悪かったな!」
*
―――海からやって来るロボット達。
光学迷彩によって発見されない。
奇襲の準備を待つ・・。
敵兵A:「こちら、第七部隊、海岸配置につきました、
ミサイルの有効射程距離に入ります」
敵兵B:「目視範囲に敵はいません。
武器装填、第二戦闘備品の搬入をする、急げ」
連絡が入る。
森で潜伏しているクリスティアンからだ。
クリスティアン:「こちらクリスティアン、気を抜くな、
偵察をしていた我々もこれからそちらに戻って合流し、
合流次第指揮を取る」
敵兵一同:「了解」
*
―――海岸巡回中のジェットスーツを着た兵士が、
偶然発見してしまう・・。
ジェットスーツ兵:「れ、連絡です。敵軍の姿を発見、海岸で発見!
十数機、突入準備している模様・・・」
軍施設内に緊急通電する。
ジェットスーツ兵のカメラによる撮影写真が、
各スクリーンに光学迷彩のロボットの姿が、
まがまがしく映し出される。
モルガド:「四の五の言っていられないな、
おそらく、付近に偵察隊がいるはずだ、
ジェットスーツ兵はただちに急行して捕えろ!
なお、新型兵器アテンスルグナの出動、
ならびに量産型のネフスルグナ、バステートスルグナの出動を命じる、
徹底的に叩くぞ、
こんな馬鹿なことを二度と考えられないようにな」
―――緊迫する。
モルガド:「ヒルデブラント君、大尉のモルガドだ」
ヒルデブラント:「聞こえてたよ、おっさん二号。
大丈夫だ、絶対に奴等の好きなようにはさせねえ」
デュ・ボアが飛び上がり、エネルはほくそ笑む。
おっさん二号。
モルガドは、デュ・ボアに手を上げる。
・・・・・・・エネルは、歳食って寛大になったな、と思った。
モルガド:「ヒルデブラント君、落ち着いているようでよかった、
でもどうか、落ち着いて聞いて欲しいのだが―――」
ヒルデブラント:「何だよおっさん二号、逃げたりしねえよ」
アイヴィーは、私の娘だ」
モルガドは、先程ヒルデブラントの情報に眼を通していた折りに、
自分の娘と肩組んで映るどころか、頬にキスしている写真を見た。
―――なにをお、と思った。
先程娘に電話をかけて夜の約束をしたのは、そんな理由。
ヒルデブラント:「・・・・・・じょ、冗談じゃないよな?
いや待てよ、アイヴィーは、オヤジさんのことを軍のえらい人だって・・」
モルガド:「アイヴィー? 呼び捨てか、まあいい・・。
本当だ。いや、付き合うことに文句をつけたいのではない、
娘も若いし、君も若い。娘は妻と似て、ナイスバディだ、気立てもいい。
将来の約束をしろとも本当は言いたくない。
ただ、今日の夜は娘と約束していてね、君を連れていきたい。
さしあたって、君とは長い付き合いになるか、
今日限りになると思うんだ、
―――大事な娘だ、本気じゃないなら今すぐ別れろ!
あと、乳繰り合ってったら百回は殺す・・」
エネル:「モルガド大尉、私情は困りますよ、私情は・・、
仮にも、これから敵軍との戦闘が控えているのに・・・・・・、
てか、マイク切って、マイク!」
モルガド:「いや、これは死んだ妻と私との問題もある、
本当だったら顔面に二発ほどパンチをお見舞いしたいところを、
抑えに抑えて、話している。
若者が英雄になるのはいい、無礼な口のきき方もいい、
老兵は去るのみだとも思う、
だが、娘をたぶらかすのは許さん!」
ヒルデブラント:「・・・・・・お、お父さん・・・俺は―――いや、
僕は、娘さんとの交際は本気です、あ、愛しているんです、
肉体関係なんて、そんな、まだ・・」
さっきまでの威勢はどこへやら得点を稼ぐ発言に終始する。
でもそれもこれも―――アイヴィーが実家に帰れないとか、
生きながら家族を失ったりしないように・・・。
、、、 、、、、、、、
この男、優しいのである。
ちなみにどうでもいいことだが、
マイクが流れっぱなしで、マーキュリーは毒気を抜かれた態ながら、
腹を抱えて笑い転げていたし、
―――それはハーレクイン現象と呼ばれていた・・。
以降、ヒルデブラントを見る、みんなの眼が優しくなった。
―――公開羞恥プレイのあとでは、大体そうである。
モルガド:「貴ィ様~マァ、
お父さんと呼びやがったな、クソウ、わかった、
じゃあ、お前は娘と結婚するつもりなんだな、
お前のことを息子と呼べばいいんだな、わかった、
そうでなかったら、敵機にやられてきてもいいんだぞ」
その暁には、娘さんとの結婚を前提にした・・・」
*
―――宇宙空間にある敵艦の指令室。
指令室は、装甲が許可されている。
***自動運転MODE
[シートは、発射時、着陸時の衝撃から、
宇宙飛行士を守るために傾けて設置されている。]
また宇宙戦闘は一騎打ちが基本であり、
それとて双方まずやりたがらない。
そして戦死者の弔慰金も大した金額でなくとも、
塵も積もればエベレストというように、
どうやって数名で、十数名で操縦できるかが重要。
―――まず宇宙戦艦は存在しない、
攻撃型駆逐宇宙艦と、防衛型駆逐宇宙艦、である。
ただ、前述したように、すべて金である。
開発にも莫大な金がかかる上、
(高性能であれば殊更、大量生産できない、)
修理だっておいそれと出来るわけじゃない。
これは宇宙に浮かぶ核爆弾のような意味合い。
ちなみに操縦室と指令室は別である、
オペレーターは出払っている。
ノイラート少佐と、フェルディナンド大佐が雑談する。
フェルディナンド:「奇襲予定だったが、どうもあちらさんの様子がおかしい」
ノイラート:「勘付かれましたか?」
フェルディナンド:「おそらくな。本当は撤退させるべきだが、
敵軍の新型兵器がどの程度のものか確かめたい気持ちもある。
ノイラート少佐、もし私の判断に問題があったら、
上に報告してくれて構わない」
ノイラート:「密告なんてしませんよ。それに新型兵器の登場は、
この戦争の行方を担う重要な駒です。大多数の犠牲を払う前に、
様子見をしたい気持ちはわかります。
部下には―――捨て駒のように扱いをして、申し訳ないと思いますが・・、
けれどそれは、人情の厚い大佐も・・・・・・」
フェルディナンド:「私はもし、敵の新型兵器が驚異的なものであったら、
上層部に、休戦もしくは和平条約案を持ちかけてみたいと思う・・、
指揮僅かばかりででケツ捲り上げて逃げたと思われても、
これ以上の犠牲は出したくない」
ノイラート:「心苦しい立場お察しします。
ですがそれはつまり―――」
フェルディナンド:「私のクビは飛ぶかも知れないし、
場合によっては国家反逆罪とでっちあげられ、
牢屋行きかも知れん。狂信者もいる」
ノイラート:「それでも、おやりになると?」
フェルディナンド:「二年だ、二年の間に、
五百万人以上が亡くなっている、お互い終わらせたい、
けれどその口実が見つからない・・・、
人の数が増えれば増えるほど、話し合いは難しくなる、
でもどうだ、その一人の人間が一生のうちに触れる情報なんて、
僅かなものだ。
もう誰も当初の大義名分などの為に戦っていない、
奴等がただ敵だから戦っているだけだ」
ノイラート:「・・・・・・」
フェルディナンド:「ノイラート少佐・・いや、ノイラート、
君が将軍の犬だということもわかっているよ。
根拠はないが―――いや、あるな、兄はそういう人間だ、
自殺に見せかけて殺せとでも囁いたかも知れない。
でもノイラート、私は君がどちらでもいいと思ってることを、
私は知ってる、将軍は民衆に多大な犠牲を出す、
あと、私は君を友だと想ってる、
君がその気ならそれもいいだろうと想ってる」
ノイラート:「なら、フェルディナンド大佐、
銃を構えて脅しながら言うぐらいにしなさい、
ここに着任した段階からわかっていたでしょう、
どうして私をさっさと殺さないんです。
そんなお坊ちゃんじゃ、戦争には勝てませんよ!
あなたは軍人より政治家に向いてる、
士官時代から思っていましたよ」
軍服に入った銃をごとり、とテーブルの上に置いた。
それはオセローのように、黒が白に変わった瞬間・・。
フェルディナンドが笑いながら、
同じように軍服に入った銃をごとりと置いた。
ノイラート:「まあここだけの話、あの将軍様に、
なめた口きかれるのもううんざりしてたところなんですよ、
あの人には情がない、美学も哲学もない」
フェルディナンド:「ノイラートは二重スパイだった、
味方を欺くには味方からだと、私はそう進言するよ」
ノイラート:「ただ、フェルディナンド大佐―――いえ、将軍、
これからは軽はずみに、反戦派や、
そのパーティに出てはいけませんよ」
フェルディナンド:「耳が痛いな」
*
―――海岸に到着する、
新型兵器のヒト型のロボットであるアテンスルグナ、
ならびに量産型の戦車に足がついたようなネフスルグナ、
球形のガスタンクに手足が生えたようなバステートスルグナ。
森での捜索は空振りに終わっている。
(***周波数の変換コードの痕跡があった、)
既にクリスティアン、ジョン、ユーリーは合流している。
アテンスルグナに乗り込んだヒルデブラント、
ネフスルグナに乗り込んだマーキュリー、
バステートスルグナに乗り込んだサンタナが叩く。
迎え打つ格好の十数機・・・・・・。
ちなみにこの戦闘の前提には、エウスターキオという学者が発表した、
レーダーの無効化、ミサイルなどを撃てなくしてしまう装置の完成が、
戦争に取り入れられたことにある。
これによって、核兵器や水爆はもちろん、ミサイル兵器の類は使えない。
(もちろん、戦争倫理としても、である)
人間同士で戦うのもナンセンスだから、ロボットに搭乗する。
汎用性や運用コスト、また長期的戦争においては、
ネフスルグナやバステートスルグナを投入するのが本来は正しい。
だが、短期決戦、秘密兵器として投入されるべき、
俊敏性と地形適応性を持ったヒト型ロボット兵器はそういう必然性がある。
ヒルデブラント:「うおおおおお!」
「喰らえ! バルヴァカリバーあああ!」
マーキュリー:「どんどん行け、ヒルデブラント!
援護してやる!」
アテンスルグナは巨大な剣を手にして、ブースト移動し、
敵機を次々に切りつけ破壊していく。相手が反応できないほどに速い。
、、、、、、
性能差と技量。
援護するビームはネフスルグナと、
バステートスルグナが務める。
クリスティアン:「い、一撃でだと! それになんだ、あの動きは。
あれが奴等の新型兵器なのか!」
ジョン:「て、撤退しましょう!」
ユーリー:「こ、これ以上は・・・・・・」
しかしその瞬間、銃型の兵器をヒルデブラントが取り出す。
その瞬間、歴史は変わった。
―――そのビームライフルは逃避行動をした、
クリスティアン、ジョン、ユーリーの三機を一瞬で消滅させた。