koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

gravity

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

楽天カードのリボ払いも、

ヤフコメも、
スマートニュースのマクドナルドクーポンも、
全部正義。
既にある程度見えている目的や評価基準に従って、
その解釈格子の中で「高得点」を目指す


そんな風に世界が切り替わっていく“タイミング”が、
シンクロすると、とても気持ちがいい。
権威や常識によって天下り的に決定されたルール、
社会そのものというよりも、社会の背景、前提条件。

レンズを通して見た光の結晶を切り出す手つきは、
洗練されて破綻がないのがのぞましく、
できるなら、匂い、界隈への反応が強調されているのがいい。
身近なボヘミアン的な環境で出会った人物達、
ラフな格好で、自然体を装う、
―――【貧乏人】


そして路上でスーツ姿の男が殺虫剤をもって構えていて、
橋の欄干の上で仮面ライダーのポーズを決めてくれる、
ティックトックで変顔してくれる男の子も、
ちょっとHな格好してくれる女の子にもグッジョブして、
日常生活などマジグッドバイとか韻踏む、
この傑作、快楽、
それが僕等の一時的な『ストレス発散』になり、

それが僕等の『胡散臭い現実を癒す装置』になる。


熱中症アラートが北海道で初めて出た。


それは無意識であり、身体であり、身体が置かれている環境であり、
その環境を規定している様々な諸コードであり、
同時に、環境そのものが持っている、
コードを越えてコードそのものを書き換えることのできる、
潜在力のことだ。
(問題化されて可視化されているような問題を、
物語化することによって啓蒙するように、)

だがしかし、難しいなんて思う必要はない。
IQが低かろうが馬鹿だろうが、
「隣に有能な人間をつければいい」だけのこと。
「社長たちがどうして美人の秘書をつける」だろう、
また何しろ「美人という職業がある」のは何故だろう。
「営業職はイケメンである方がいい」と思うのは何故だろう、
―――それは『心理学』だ。


けれど僕はそんな不公平に眼を向けるべきではないと言い、
あなたはどうしてそういうあなたになったのか、
と優しく問い掛ける、
ドヤ顔、論破、わかったつもりになるが、

実はまったく答えになっていない詐欺師の論理よろしく、
うすっぺらいあなたを肯定し、救済し、
なんだったら激励し、時々には𠮟咤までし、

生きている価値がないなどと言わず、
そのクオリティライフをストロングゼロにする。
でなければ、猛暑でタイヤが破裂する。


僕はスーパーの商品の割引の話をし、
半額のシールの喜びを狒々のように語るだろう、
そうするだけで、
AFURIのラーメン屋の炙りコロチャーシュ飯》が、

七百円越えなんだぜとブチギレする予定調和になる。
その為だけに“コーラにメントスを入れて”しまうだろう、
あとその為だけに“電気量販店のマッサージチェア最高”と言うだろう、
コロナになるから温泉にだって行けない、
ホリエモン絶対間違っている、コロナは怖い、
と炎上要素をチラッと長い舌のぞかせながら、
ファイヤードラゴンすることを忘れない。



、、、、、、
フレーミング




僕は時事流行に対して、
<一年以上開いている>という制約を設けていた。

でもそれが<半年>になり、
気が付いたらそれもいいんじゃないかと思うようになり、
イムリミットの見直しを進めた。
どうしてそうしていたかと言えば、

一つには状況整理をスムーズにするため、
一つには嘘や間違いを含まないようにするため。
もっぱらは後者である。
また無関係な道徳キチガイ人たちは、
社会正義は説けても、
それが筋違いだという当然の認識はできない決まりだから。
関わり合いになりたくない。


もちろんそれは一つの目途ある、際限ある、現象にすぎない。
その現象とは類似項目のある現象だ。
「物事を単線的な、つまり意識化可能な因果関係の連鎖として捉えると、
その背後にあるものの広がりを伴った通路」が閉じられてしまう。


馬鹿にもわかるようにちゃんと書く、

僕はルビをちゃんと振る詩人だからね。
ようは馬鹿があぶりだされる世間がよくわかる構造。
それ以上ちゃんと何も考えなくなる。
世間ってこんな具合、社会ってこんな折り合いのつけ方、
世の中って言葉が人歩きする、世界を断定することもできると思う、
全部嘘、全部間違い、
僕等は誰一人として完全情報を行使することができない。
とあるパターンとしての通行手形のような完全情報を、
​​ダウンロードしている。


、、、、、、
タッチパネル。


そしてこの言い方や考え方にもバリエーションがある、
幅を持たせると誤差や違和感が殆ど目立たなくなるし、
なんだったらカロリーゼロと同じように存在しないことになる。
もちろん、それは『文章上のトリック』にすぎない。
沢田研二に言わせれば、『恋のバッドチューニング』ってね。​​



でも金属や硝子の魅惑的な輝き、季節ごとに鮮やかに色づく花々、

天道虫や蝶のいる草原や小川の光の戯れ―――、
抒情詩的だ、詩的散文の世界だ。
だが、超級国民になってくると、そのようなものはいらない。

さらけ出された危険な領域には劣等感や、集団行動、
その前提にある遺伝の問題などから、
しいてはルサンチマンが萌芽する。


彼等は一様に感受性がなく、教養がない、
知ったかぶりをし、ユーチューブのコメント欄や、

ネット掲示板などで誹謗中傷罵詈雑言の大活躍をする。
この超級国民の手口は揚げ足取りであり、
浅い見識と共感を呼びかけるNPCみたいな連中である。

おめでとう、
そのような馬鹿にもわかるように値段の話をし、
注目度と影響の範囲内を付記してやるサービスを、
絶対に忘れてはいけない。
世界は階級社会であり、溝以前に分断が存在し、
その分断とは七つの大罪風に理解してもよい魂のステージが存在し、
攻略方法はその人間の趣味や、考え方の背景になるもの、
どういう粗があるかなどを徹底的に洗うこと。




、、、、、、
フレーミング



言っておくが、粗のない人間など存在しない。
粗がない人間がいるとするのならばそれは仮面をつけていて、
ミスやボロをまったく出していないようにしているだけだ。
学校の教室にいたおすまし猫を思い出してほしい。
猫は可愛い。そういうことだ。
学校の場合、本当にその猫がそのことを信じて可愛い場合があるが、
大人という通過儀礼、洗礼、社会常識を学んだ今、
そのような猫が天然記念物であることは疑いないことである。
ではこの“粗”とは何か、である。

言い方を変えよう、『馬鹿を黙らせる方法』のことである。


あのね、馬鹿な主婦のために僕だって言うのさ、
今日は仕事でクタクタだったけど病院へ行って、

ずっとテレビ観ていて面白かったよってね。
イイネと共感の嵐さ。
僕は料理も作るからね、もう料理の鉄人さ。
ザ・パーフェクトな詩人にもなってくると、
三級品や四級品がゴロゴロいる、
現代詩手帳や詩と思想を寄せ付けない。
ネトウヨ戦記とでもいうべき各種詩の投稿サイトが、
もう何かの遺物のように見えてくるこの頃である。

一時間も待たされたなど嘘でも口にしてはいけない、
スマートな詩人は忍耐強く、辛抱強く、一点突破の瞬間を待つ。

気が合う類とか、信用できる良い医者だとかもあまり言わない方がいい、
そういう種類の配慮の仕方ひとつで、
人は僕をカウンセラーや、師匠と見なす。
本当にそうであるとしても世の中には好き嫌いというのがあり、

善悪があって、勝ち負けがあるらしい人達が、
驚異の九九.九パーセントの世界なのだから。
大義名分に寄りすがり、大したこともせず、
日銭を稼いでは即自的快楽で消費のループ運航。
巨獣の終焉地、惑星の尿溜、冥路の国線へ。


もし、記憶の乾板に焼付けられたら―――、
自我が焼き切れたと思った方がいい・・・。




、、、、、、
タッチパネル。



詐欺師スピリチュアル列伝系統の本を読む、
先入観や視野狭窄。精神的人口密度を、
客観的に俯瞰できない奴らの駆け込み寺らしい、
ご都合主義的な文章に辟易する。

そんな中途半端な人生ゲームの達人より、
ヤフー知恵袋やクオーラで十分だ、
逆説的に言ってしまおう、何処までいこうが、
何を聞いてもとんでもなく素晴らしい答えに、
巡り合うということはない。
上っ面を撫ぜるがごとき、
神経を逆撫でにする文章を書く方がまだえらい、
郭公や不如帰、そしてついには詠み人知らず。
しかし無名の大衆、発言権なき自由の権利とは何か?


そもそも人は当たり前のことにも気づかない。
無自覚に思い込んでいる正しさやもっともらしさっていうやつ。
見落としがちなことだが、これは人間真理の中でも、
僕はかなり重要なことのように考えている。
でなければ人に物を教えよう―――とか。
さもなけりゃ人に何かを教わろう―――とか思わない。
何故なら、すべてがやはり宗教的ないしは動物的な力関係で存在し、
そこにおけるノウハウや、感じ方や捉え方も、
所詮は大体同じようなものだからである。
認知や記憶の脚色作業を行い、
美化された記憶を呼び覚ますトリガーとして利用する。
もう一度言おう、
そもそも人は当たり前のことにも気づかない。
そういうことを引き寄せて考えられない生き物なのだ。
もしこの人間真理から絶対的な悟りを開いた人がいたなら、
それはもう間違いなく基督だ。仏陀だ。
石を投げよう。


僕が識者だとか、評論家のふりした詩人だとかはどうでもよい、
こんなのを買うならコンビニで肉まん買った方がましだと思う。
死んだ旦那さんの書棚から転げ落ちてきたエロ本に、

お金を払った方がマシだ。
いっとくけど、僕は真面目に話してるんだぜ。

ふざけてると思ってもらっちゃ困るんだよ!
人生なめてるようだったら許せねえんだよ!
しかし、いい読書だったねと褒めてあげよう。
本自体読まなくても生きていける世界って素晴らしい、
政治なんか何一つ知らなくても生きていける日本って素晴らしい、
麻生太郎も言ってたね。
何の価値も、絡繰りにも触れない、浅い見識の人間の本を読んで、
一帯あなたは何処へ行こうとしているのだろう?
未来へ? まさかまさか、首尾不如意の縮図のごときもの、
あなたが進むべきはノスタルジーの標本である。



、、、、、、
フレーミング



付け加えよう。
世の中には競馬と競艇、パチンコ屋、風俗、
それから仕事を往復する童 貞野郎たちがいるのだ。
つがい、性的パートナーを見つけられない馬鹿は、
ナショナリズムに酔いたい傾向がある。
自尊心肥大型の傾向がある。
統合失調症的な傾向がある。

僕も二十代の時には否定的だった、三十代は中立派だった、
でもきっと四十代になったら肯定派に堂々の仲間入りするだろう。
すべてのものが忽ち背後に寄り重なってきたなら、
それはやはり庭園だろ―――う、
箱庭だろう、小さな小さな子供の自分を見るだろう・・。


まず【優先順位】について考えたい。
次に【重要度】について考えたい。
(たとえばそれは篝火、それを取り囲んで、
人は何かが起こるのを待っている・・・、)


もちろん僕は人間に期待したい、世界に期待したい、
もちろん、ひとりひとりが勝ち負けじゃなくて、
自分自身と向き合った結果の価値を常に追い求めている。
一瞬一瞬に本気になって取っ組み合って失敗して、
時々成功するようなことが一番価値があると僕は信じてる。

地位や名誉やお金は、
僕が考えている生きているのを修行と見なす、
一番高い次元においては、
(あるいは馬鹿には見えない世界においては、)

何の価値もない。これは了解して欲しい。
僕はそうだ、誰が何と言おうが僕はそうだ。


意識が高い系とか、精神修行を前世で終えてきましたよ系、
スターチャイルド的な見方、解脱的な手法、超越的な物の考え方、
―――とも、違うのだ、
僕はそういうのを詩を書く中で見出した、
『一番まともなことは何なのか?』と考えることで、
『地に足がつかないものと人間の最終目標は似ている』と思った。


けれど、それはあなたではなくて僕による考え方で、
僕は自分が特別だとかえらいとか、

価値がある人間だとは全然まったくつゆほどにも思わないけど、
残念ながら前述したように大多数の人間はもっとうすっぺらい。
ドラマチックな転機には閉口する、そりゃそりゃね、
猿芝居みたいだ、悪質な虚偽の説明だ、地獄の黙示録だ。
怠惰と罵り、卑俗と嘲笑しよう。
でも本を読まなくても死ぬまで平気であるし、
政治と一切かかわりを持たなくても死ねることを忘れてはいけない、
色んな人がいて色んな価値観がある、
そこにおける喜怒哀楽っていうのは大多数の集合知に等しい。
ああ、尻っ尾のように細くなって下流の闇のなかへ消えてゆく、
―――【川/河】


僕も怒る、家を買う話で平日に銀行とローンの話をしなくてはいけない、
その理由はもっともだしわかる、でも、馬鹿なのかなと思う。
みんなが何も言わないのもわかる、
でも、わざわざ会社を休んで平日に打ち合わせをすることの意味なんか、
六本木とか、五反田とか、東京タワーと同じぐらい中身がないことだ。
複雑な暗いところは一つも無いということは、
重要美術級のものは一つも無いということじゃないか。
“ハルキ・ムラカミという名前”と同じぐらい中身がないことだ。
何で中身がないのかといえば、それをアートとして装うからである。
ジャック・ラカン精神分析でいう対象a


市役所もそうだ、住所変更のたびに何故わざわざ、
元住んでいた市役所まで行かなければならないのか、
関西弁ならこいつらアホちゃうかと言う。
でもアホではない、制度というものが心筋梗塞を起こしている状態、
法律が麻痺現象を起こしている状態のことである。
何故いちいちこのような遠回りをするか、オブラートで包むか。

気を遣っているのである、だって僕が思うことは、
多くの人がもちろん思うことだからである。
でも切り替えは必要だ、分かり易く言わなければならない、
アホなのだ。そういう認識でいい。
文章の最大の技術は想定能力だと僕は思う、

詩の最大の技術が感情表現だと考える僕の意見からすると、
多くの人はニヤニヤしてしまうかも知れない。
システムにバグやエラーがあれば責任を取らされて頭を下げる、
営業ノルマや納期が達成できなかったら頭を下げる、
同じことだ、カマを掘られたりチンコをしゃぶったりすることもある、

靴を舐める、泥水をすすることもある。
みんな同じなんだ、優劣なんか何処にもないんだ、
そんなのは誰が何と言おうが当たり前のことなんだ。


でもね、みんなが本当にみんなの幸せを考えられる世界を、
望まなければいけないっていうのはそうなんだ。
そうなんだよ、わかるかい、理想が大切ってこと、

そして時代は少しずつそこへ向かって切磋琢磨してるってこと、
潤滑油も人、バランスも人。
けどさ、大上段のそいつはキャッチフレーズや、合言葉、
横つながりの連携にはなってもさ、救済にはならない。
現実的手段になることはないんだ。

でも、みんな飽きていたのさ。
感情で動く動作にも、経済で動く動作にも―――ね。
もっと変った動作は無いものか?
もっと面白おかしい見世物はないものかしらん?




、、、、、、
タッチパネル。



どんな立派な文言並べようが、ボーカロイドしようが、
核兵器はなくならない。

戦争だってなくなりはしないだろう。
運動だって、後から後からおし寄せる影に戦いを挑む思案の格好だろ、
(冷静に分析してみろよ、)

言わなければなくならないとは言うが、
こんな調子で百年や、千年というスパンを生きられる長寿、
健康な身体などがあればそれもいいだろうけど、
(いつか、素敵な言葉だ。
くたばりやがれヤンキース、)

いちいち言わなくてもわかるよね、
御伽噺乞食だ、感性のめくらだ、

そんなのどうでもいいことだって言おう。
どうでもよくはないよ、でもそれを僕や君が、
ごめんよ政治家が、なんだったら兵器演習しているような国で、
何をいわんや、だとは思わないか。無理がある。嘘が出る。
博愛主義に人道主義

原爆ドームに行ってこんなの絶対に使っちゃいけないってすぐわかる、
銃だってそうだ、できるならこんな道具使っちゃいけないって思う、
でも、戦争になったら武器がいる、
相手が原子爆弾持ってこちらは原子爆弾なしでいけるかといえば、
そんなの誰がどう考えたって無理な相談だ。

どのレベルで話すか、何処まで踏み込んだ物の見方が出来るか、
―――それはただ、好き勝手に喋る人間には存在しないものだ。


物わかりのいい連中ばかりが集まる大学ですら問題は起きる、
良識があるはずの教師や警察官、弁護士や裁判官までもが、
問題を起こす。
その原因は何だって一から十まで情報収集して、推測や推理をして、
慮って、悠っくりと熟考することもできる、
そういう姿勢って僕がジャーナリズム詩を書く時には存在していた。

僕だってそう思った、そんな風にちゃんと考えていた時期もある、
(もちろんいまだってそのように考えたいとは、思ってる、)

だけどね、それは書くべき姿勢によるもので、
そこから離れたら、たんなる時間の無駄だ、

申し訳ないけどね、そんな奴どこからかゴキブリみたいにわいてくる。
そんなことに一秒だって時間を費やす必要はない。

いまじゃなんだったら、ちゃんとやってる人がいて、
その人がすごく肩身の狭い思いしてるって言いたくもなる。



考え方は変わる。群衆の壁、都会の喧騒の壁の中でね、
田舎が原始的ではなく、原始的な要素である、
生物学的な地点から発生する
因習的なものが根強い、
という言い方ができるみたいにね。
普通そこまで考えないだろう、
でも一つ一つ言葉を丁寧にときほぐしてやるんだよ。
ねえ、愛は一番根幹のことだ、でも、コンビニで買えるし、
自動販売機でも買えるって、流行歌にもあったね。

それならきっとアニメでも見つかる、
一番大事なこと、一番大切なことは、自分が幸せになることだ、
これも色々考えたよ、だけどねまずそこからなんだ、
生の充実感の目標なくしてどんな優しさも、まともさも、
信用や信頼も生まれてこないのだと僕は考える。
次に思うのは迷惑かけなきゃいいよねって思う。
迷惑かけまくる人間が多いからね、
寄りかかるとかいうことじゃない、屑が多いよねってことだ。
しかし熱くなりすぎちゃいけない。
政治的活動やストライキや反社会的行為等、
支配者層にとって都合の悪い状況から分断する。

線引きは必要だよ、二枚舌だってことじゃなくてね。


しかしそんな屑にも味方はいる。

愛に餓えた人間は弱さを肯定してくれるものを愛する、
サザンオールスターズしかり、長渕剛しかり、中島みゆきしかりだ。
洗脳ソングを聞いて万歳三唱ぐらいするべきだ。
でもそいつら全員、肉体労働のしんどさがどういうものか、
トラウマや、心の傷に死ぬまで苦しめられるというのがどういうものか、
残念ながらわかっていない。
宗教のリーダーが、信者に訴えかけているのに等しいという構図は、
どんな不倫バンドにも見られる傾向だ。

まともすぎると病んでくる、
人生が辛くなって歌うのも嫌になってくる、
―――【表現者としての試練】


幻想は続いてるんだよ。
しかし、いつまでも古いノスタルジーに雁字搦めにされていてはいけない、
というのもフェイク。
それを取っ払った、ブレイクスルーしたって思いこんでみたところで、
文明が始まった時から発酵し始めた幻想の馥郁たる薫りだね。
一つや二つ皮剝ぎ取ったつもりでもまだまだ深層、中枢には至らない、
もっともっと考えてみて。
でもその偽物を本物らしく見せる思い込み、
思い込みの中の熱量だけは信じてあげてもいいんじゃないかと思う。
僕も生きてる、だから君も生きてる。
それでも興行収入や商業的価値観、資本イデオロギーという、
大きな共同体に呑み込まれることを恐れてはいけない。
愛すべきコマーシャリズムだと揶揄するしかない。
結局人気取りのインスタグラム脳、
本当はどれだっていいようなものしかそこには存在していない。
多様性の時代、LGBTQといった性的マイノリティ、
最大公約数的なものばかりが正しいわけじゃないのはみんなわかってる、
でもそれを信じてるのも―――『幻想』
(重力から逃れたくて僕等は遠くへ逃げているみたい―――だ、)

遠い街道の孤独の電燈を眺めよう。
深い闇のなかから遠い小さな光を跳める感傷―――は、
石を投げられたように俯いている君の見えない表情を
ほのかに染めている。
“残酷”だとか、“不条理”だとか、
「何十年もの通勤電車の苦悩」は、
ブラック企業とわかりながらこき使われた社畜」は、
何処へゆくのだろう、
そこに一体何があるのだろう、
まるで泥船、箱舟、いつかは沈む船を補強して僕等は乗り込む、
コンクリートジャングルの渇いた海へ、
みんな心がばらばら、それでも集団的無意識、
言葉なき想いを信じて乗り込み続ける、
PCのゲーム画面をそのまま撮影したような景色を見ながら、
水を張った風呂に半ば身体を沈めて微アルでも飲もうか?
 
 
 
 


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ノー・ファインダー

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運動をしようって思う。
デスクワーク中心、
趣味も静動力モードの漫画やアニメに音楽、
こんなことじゃいけないって思う。


ノー・ファインダー。
「「「接続


そういう"噛みあわせ"にフォーカスしていく、
「無駄なこと」がどこかでバタフライエフェクトに、
効いている可能性は否定できないと大上段で、
ジグソーパズルの一ピースを見て、
謎の副産物の正体を思い知ったりする。
ようは、運動をして肉体改造した友達が、
ちょっと羨ましい。

細マッチョという響きには、
マッチをするような意味もあるような気がする、これは摩擦だ、
肉体の摩擦だ、三島由紀夫のことをひとしきり考える

でも「痩せた」とか『筋肉をつけた』じゃなくて、
“運動をするだけで世界が変わる”という一言に、
れた。






奥尻島高さ十一メートルの巨大防潮堤みたいだ。
一定の成果が出てしまった後に繰り返される行為だと、
どうしてもその成果からのフィードバックを、
無意識のうちに受けてしまって、
ある目的から掴まれ、拘束される感じになる。

なんだろうね、マウント取られたとは思わないけど、
清々しい声で、気持ちのいいキャッチフレーズを口にされると、
怯えも弱気も陰口も自己正当化も混じるけれど、
あえて触れない手は―――ない。
でもこれは、フレーム全体を引いて見た時の感じで、
少し近寄って、フレームが視界の外に出るくらいの距離で観るとき、
そのことはあまり関係なくなる。
意識的わった構図している」
と言えば正しいだろう―――か。
フレームが厳密ではないとしても、
その意図に沿うようにカメラが操られている。
自由に介入できる、
偶発的なフォーメーションに対して開かれている、
―――【


人間誰でも足りないものがある、
そしてそれを知り合いや友達、
ようは身の回りから考えつくのが常套手段ってこと―――で。
スロットマシンのレバーを引く》のだ・・。


>>>壁にくっつけられたカップ麺。
>>>シーリングファンに張り付けられたトイレットペーパー。


だから近所にいる仲のいい女の子と、
少し大きな公園を日没間際の夕方に歩いてみる。
スポーツウェアならぬジャージ姿で。
奮発した、という言葉を使ってみる。
アジテーションしてみたった、という言葉を使ってみる。

安易に眼を向けて、“筋トレブーム”とか、
“ジムが出来た”とか軽口をしているけれど、
お前、筋トレしたことあん​の?​
は序の口で、フレキシブルな判断ができずに硬直。
ねえ、そもそも、
ジムへ通う根性はついた​の?​)ってことで。
そこにも「欲望/感情/快楽」の三柱があるわけで、
けして一つに溶け合うことのない、最適化計算が、
バンジージャンプしている⁅仮⁆

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
犬のお尻を眺めているといつもいい尻だな、と思う。





かえすがえすも残念なのは運動能力、
具体的スケールが抽象化されてゆくという不思議な感触はありこそすれ、
運動能力に端を発したそれは軌道的範囲を限定する。
学校のマラソン系ではことごとくビリだったよなー、とか、
なんだったら一度は途中リタイアしたことがあるような奴が、
どんなポテンシャルをもって、
―――【運動】というのか、と・・。

走る速さというのは、
ストライド(歩幅)」と、
「ピッチ(回転)」の掛け算によって決まる。


解として一定の範囲を示す式に、
問題に沿うように形成されたひとつの例示的な定義に、
謎の楽観を抱いたふりしてみても、
驚くほど何も変わっていない、それが、
運動をしようっていう事柄における、
レイヤーが混ざってきちゃうようなこと。
それでも脳や身体は、それぞれに別の広さ、
別の深さの記憶や歴史を持っているもの、
案ずるより産むがやすしとはいうけれど、
まず、一キロ、できるなら十キロという、
この弱気な心の声が既に暗雲―――。


前に野球選手の五十メートル走の記録が本当なら、
世界記録でている、という話を思い出す。
何ということはない、アバウトだから成立する。
―――けれども、重要なことは、そこではない、
五十メートルの記録を強調できるぐらいには、
足が速いということだ。


学生時代に陸上部経験もない社会人は沢山いると思うけれど、
五十メートル何秒、百メートル何秒と聞いてみたらいい、
―――足が速くない限り、まず誰も覚えていないと思う。
例外はよっぽどひどいか―――だろう、)

想定版あらば実際版もあり、修正版もあり、
もちろん―――高すぎる目標では、
モチベーションもボルテージもテンションも空回りし、
ネクストドアステージしてくれないわけで・・。

「顔(無意識)」を描く、
そして『顔(百面相)』が気になる。

一時間歩くだけのつもりが、十五分歩いただけで眩暈がした、
その時にラジカセの置いてあったカフェを何故か思い出した、
三十分で耐えられない種類の息切れを覚え、
その時に時間の流れの外にいるような感覚で、
ちょっと地面から浮いているようなドイツの城を思い出した、
―――が、するべきことはする、そんなのどうでもいい、
か僕の記憶を洗って、​
れているのが記憶の垢っていうもの、​
誤作動するよ、ズレるよ、でもそれが人間さ
前かがみに倒れるふりして四足歩行、
ひょこっと見えたベンチにスッと腰かけた。
ベストポジション、そしてまず足を組んで空を見上げておいた。
隣にいる女の子は、何してるんですかと囃す。


ノー・ファインダー。
「「「空洞


久しぶりだから、と言う。
疲れたとは言わない約束で。
飽きたと言うにはそもそも何もしとらんやないけ、と。
その、ギアを入れすぎないように、
熱くなりすぎないようにしてみたんだ、と言う。
すごい、こんな情けない言い訳、年下の女の子にしている。
でもこういう時に中原中也るわけで、
自転車ってすげえとか、車ってすげえと思う。
その時に、人力車を生業としている人が、
肉を食べなきゃ力が出ないと夜中に牛丼屋へ行った、
バラエティ番組のワンシーンを思い出す。
何故だろうか、
真夜中の知らない町を一人で歩く何とも言えない感覚を、
思い出してしま―――う。
ロールズによる無知のヴェールという思考実験みたいだ。

へこんだ方がいいのだか、
褒められた方がいいのだか、
何が成果や成長につながるのだか、
自分のこと全然わからんマンの爆誕だ。


1,高校入って中学と変わったことある?
金髪や茶髪率の増加、かな

2,勉強はついていけそう?
あたし、無理はしない主義なんで、
真ん中狙いの、コツコツ貯金


それに、ふーんとか、なるほどね、とか、
まったく中身ないことを聞きやがる自分がいるわけで。
隣に一緒に座った女の子の額から流れる汗を見ながら、
妙に安心してしまうのはどうなんだろうな、
変なアプローチが反発をまねく可能性ももちろんあるだろう。
難問だ。
いわゆる反抗期とまではいかないにせよ、
かまってかまってと前はまとわりついていたのに、
どうも、子供に好かれるタチなんだな、
あと、家の近所で何かフィーリングが合っちゃった感じ、
だって小学校、中学校も知っている、でも高校生だ、
もちろん、四十のおっさんなら肉付きの良さに劣情を催したり、
五十のじじいなら一夏の花火計画を妄想するだろう、)
いつの間にかクールに興味ない感じで遠巻きにしている、
そんなタイプの女の子の汗に安心する心理。

3,好きな人とかできた?
おじさん( ´∀` )



リッピサービスは大切、
涙がちょちょぎれるわ、と言っておく。


4、おじさん以外で好きな人できた?
学校の先生( *´艸`)

根っからの年上好きのようだ、まったくたまらん―――ぜ。
JKはよお、とかアホなことを考えながら、
自動販売機が見えたのでポカリスウェットを二人分買う、
やっぱり女の子には大変だったろうとか調子こいて言ったら、
おじさんには大変でしたねと笑われた。

でもさ、なんでこんなことをしてんだろとは思うけど、
木々なんかじっくり見ることもなかったし、
こうやって好き好んで汗を掻くっていうのもなかったわけで、
たまにはいいよな、と思う。
いや、これから継続しろよと思いながら、
やっぱり、たまにはいいよな、と思う。
だのに、女子高生と一緒に運動したと友達に言ったら、
すげえ羨ましがられる、やっぱり薄い本だ、エロスだ。
全然そんなんじゃない、
大体手出した時点で後ろに手がまわるような気がする、
青少年育成条例とかじゃなくて、
むしろ監視社会の好奇の眼とでもいうべきもの――で。


小学生の頃は手をつないでも平気だった、
道に迷うから」「仲良し仲良し」
中学生の頃には手をつなぐということがまず出来ない、
「周囲の眼があるから」
「というか、手をつなぐ事自体がもう不純な感じに思われる」
高校生にもなるとそのような発想自体が存在しない、
―――成長する、
大人に近づいてゆく。
システムの維持自体がシステムの目的となり、
それは意味のない様々な習慣、因習、慣例を次々と生み出す。
システム内にいる人は、誰もがそれに意味がないと知りつつ、
しかしそれを変えることができないという状況に陥る。




ノー・ファインダー。
「「「街燈が光る
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

イラスト詩「頭痛」

​​​







    


      
     アパシーで輝いた眼に、
    ​腐ったアガベー、​
    ​君がしたのはあっかんべー。​


   




    



    無駄を繰り返した日々の シュプレヒコール
    



    顔のない人が釘を打ち込んでいく。
     


     



     
  

       


   




​  「しい答え何かないとわかっているでしょう?」​
​  「間は愚かなもの、人間が辿り着くものが、​
   いまだかつて、正しかったことはあった?」
​  「ったかもしれない、あったと思う、​
   でもそれは―――人間側の論理だ」



  


      
     アンサーで揺れていた眼に、
    ​読み込み違いのアジェンダ、​
    ​君がしたのはアナリストオナニスト
   つまりはいつもの、あっかんべー。​



   
   (ライト 点滅 再度合図逃し、

   (「​​ライト​​

 

  





​​​

イラスト詩「教訓」







ひねもす秋の寂寥に棲む、彼方に突き出た崖、
天にゆるぎなき位置をしめしたところに・・・、
地上の楽園というのが、あるとするならば、
その不在の彼方、麦藁帽子は落ちるのであろうか―――。

ピリッとくるような丸太の傍らで、
葉もなきその一本の釘と化した樹は、
かくてまたひそやかに、
凍える池の上に蝋燭の影を落とし、
つがいを求める鹿の鳴き声がした。

その目鼻立ちが顔面痙攣を患っていても、
どんなひどい偽驕の中にあるとしても、
淫蕩なる、影くらく層なれる落日よ、
誰だって、獣性質の金気舌を隠し・・。
劇しき毒が舌に触るれば即時に斃れ―――。

消えさりがてにも盛んな今日の息吹を前に、
精髄も、珠玉も、名品もいりは―――せぬ、
残されるのは、ただ、自然との交歓のみ、
無慙な無限のかずかずが、この世の生き甲斐・・・。

人生も、世界も、自我さえもいずれ遠くなる、
真夜中の山道を裸足で歩いたことがあ―――る、
思い出が夢見心地で歩いていた、
人生で一番幸福な頃はいつだったのかと聞けども、
恍惚っとりするのは―――哀れな雄や雌だけ。

どんな質問も砂漠に水を撒くようなもの、
天地の声を聞き洩らすようになり、
人の話をそれほど深く信じなくなり、
両眼球は眼より突出した花盛りの世界があるのみ。

肩甲骨や、後ろ肩や、指の付け根や指の爪、
巧緻極まる神経で考えて―――いた、
底抜けの御座興、ああ、望みという望みを、
燃ゆる窯の中へ放り込んだあと、
―――そして知恵の瑞枝に黄金は生ったか?

静かなる、されども物ほしげなる日の光は、
うしなわれし夢のあと、閃きのぼってゆく飛行機雲、
風を筋道なき人生と譬え、駆けた四足歩行動物、
押し寄せた風のひと吹きが・・・・・・、

幽かに枝をばふるわせてみせたろう・・。
地を匍えるちいさき虫のひかり、苔古れる池水の上、
迂闊にして過酷なる空論。
熱情と緊張の面持ちの好奇に富む徘徊者。
天国狂、愛恋狂、自由狂、戦争狂。

胡桃の樹の殻も、鳥の糞も、蹄の跡も美しい、
そんなものと比ぶべくもないことだが、
一生のうちの試練が一瞬で起こったのなら、
羽ばたきが逃れていくことはなかったろうか、と。

見てくれ、高層ビルに串刺しにされそうな街並み、
何処かへと目指して足早に歩く人達・・・。
いと、眠げに、遠くよりつたいきる記憶のあとを、
そしていまはもう、記憶があったその在り処・・・、
弁じ去り鼓し来たるもの―――。

探し求めている、早朝の森の湿り気、
探し求めている、攀じ登るものの活力、
美しい空の青さが心の中に映り込んでいる、
心臓の弁膜、そうすれば人体は剥き出しの肉体。

心の中に灯っているものは玩具みたいな扁桃腺、
蝮が鼠に向かったときの舌の先、
薄ぎたない髯顔の間抜け加減、抜けた前歯みたいに、
口腔の中で不合理にだだっ広い空虚であるような・・・・・。

ひねもす秋の寂寥に棲む、彼方に突き出た崖、
天にゆるぎなき位置をしめしたところに・・・、
地上の楽園というのが、あるとするならば、
その不在の彼方、あの頃と同じ共同椅子が見える・・・・・・。
―――時に後くれて此の盛況を見るに及ばざりしを・・。


秋毫も違わない、四季の中でもっとも美しいのだ、
逸楽の夜が帳の中へ転がり落ちた顛末、寸法、
我楽多になって伽藍洞になった力動―――だ、
毒の上澄みでも、底なしの穴でも・・・・・・。

自由に滅ぼうとする美なる一瞬時の、
刹那のかがやきを忘れるなと囁く十月、
蜜より甘き巧妙の言を舌より湧かす紳士の面に、
泣きたいほどの切なさが湧き上がり、
また泣きたいほどの切なさが消えてゆく―――。




​​

税理士の話

​​​​​​

税の種類は約五十種類、
ふるさと納税」や、
地方交付税」は税金じゃないの?
というような時に相談しないとは思うが、
その場合はググると思うけれど、
こういう税に詳しいのが、
―――【税理士】だ。

ちなみに「ふるさと納税」は、
多くの人がご存知の通り『寄付』で、
地方交付税」は、
収入の格差を是正するための、
市町村へ配分する『国税』のこと。

ちなみに、税金は大きく、前述した、
国税地方税」があり、
その税金の納め方によって、
直接税/間接税」に分けられる。

どうでもいいことだが、
約五十の税金の種類を調べてみるといい、
本当に至る所から税金を取っているのがわかる。
国際観光旅客税やら、ゴルフ場利用税入湯税などなど、
その挙句、国民一人当たり一〇〇〇万円の借金、
というフレーズを用いる。
しかしもちろんそれは「国の借金」であり、
国の借金に何の意味もなく国民を、
割ってみただけの数字」である。
、、、、、、、
もちろんこのような誇張法をする裏には、
官僚の利権拡大』が隠れている。

さて、「税理士の資格を持っている人」が、
出来ることは三つ。

  *


税務相談​​​​​​​​
税金の申告や書類の作成に関する相談に応じ、
新しくできた税制の説明や、税金の計算方法、
税務上の手続き方法などをアドバイスする

税務書類の作成
所得税法人税相続税などの申告に必要な書類を
作成する。確定申告書や、各種申請書、申立書などの書類がある。
また申告書の前提となる決算書を作成することもある

税務代理
所得税法人税、相続性などの申告を、
納税者に代わって行う。また税務調査が入った場合は、
納税者に変わって税理士が説明や主張をする


その他にも、
、、、、、、、、、
会社の会計サポートをしたり、
会社のお金の出入りを計算し、毎日のお金の出入りの記帳や、
給与の計算、決算書の作成などの業務のサポート、
、、、、、、、
会社の経営相談を受けたりする。
経営コンサルタント業務ともいえる。
銀行からの資金の融資を受けやすい事業計画を作成するとか、
「資金調達」についての相談や、売上アップや、
経費削減について助言する「収益性向上」についての相談など
また補助金や給付金の受け取り方のお手伝いをすることもあり、
様々な業種の会社と付き合いがある税理士には、
取引先として専門の会社を紹介して欲しいという依頼もある。
お客様から依頼されて、知り合いの司法書士や、社会保険労務士を、
紹介することも多い。


  *

、、、、、、、
とはいいいつつ、
何でもかんでもできる有能な人材は一握り。
ただ一昔前と変わり、今はターゲットや専門分野を絞った、
税理士事務所が増え、差別化されたことで税理士探しが楽になった、
という声も聞けるよい時代。
しかしその分、価格帯を強調して外れくじを引いたり、
専門分野を謳いながら大して詳しくないという場合もあったりする。

ちなみに税理士の顧問料の最も多い価格帯は、
月に一万から三万円。
ただ、契約形態、事業規模、依頼内容などによっても、
報酬金額は異なる。
また顧問料は基本料金で、必要に応じて、
決算申告料金や記帳代行料などが追加料金として加算される。

税理士といってもすべて同じとは限らない、
ぶっちゃけ、法外な顧問料をふっかけてくるところもある。
顧問料の範囲内で代行してくれる業務内容はもちろん、
訪問の頻度やタイミング、
税理士本人が対応するのかどうか」といった点まで、
しっかりと確認してから依頼先を選びたいところ。
税理士は複数あたってみて、検討してみるのがやはり無難だ。
安ければ得とか、高ければ安心ということにもならない、
あなたの望む税理士かどうかが一番重要だ
でなければ、信用できる知り合いの紹介とかだが、
これにも落とし穴があり、紹介されて契約した手前、
解約したくてもできない、という場合もある。
また地元の税理士会でも紹介はしてくれる。
税理士の行うセミナーや無料相談などを聞きに行き、
良さそうな先生に話を聞いてみるのも良い。
​​​​​​​​​​​​​​

・駄目な税理士は高圧的で、上から目線
・駄目な税理士は専門用語が多い
・駄目な税理士はレスポンスが遅い
・生命保険や損害保険を強引に売り込んでくる
・仕事完了後に請求額が決まる


​​世の中の一番こわいところは、
わからないということに付け込むのが人間で、
そこを面倒くさがったりしたら思う壺だということだ。
どんな業界でもそうだが九割がたはみんな真面目である、
と信じたい


  *


税理士は簡単に言うと、
税の専門家
(=税金に関するお客様の相談に乗ってくれる人)だ。

また​​
専門分野があり、税理士のお客さんの層としては、
一般的に次の三つが挙げられる。



・法人(会社)
・相続人

​​​​​​​​​​​​

税理士は、参謀とか職人といったところだろう、か。
税理士の場合、一人のお客様と十年来の付き合いになるのは珍しくなく、
会社の成り立ちや苦労話、業界の話、
多種多様な業種の方と関われるが、その分多種多様な知識も必要となる。
何処まで関わっていくのかはその税理士次第だろうが、
いくら税金を納めなければならないかを計算し、
書類を作り、お客様の代わりに税務署に申告する。

一人の税理士が複数のお客様を担当するのも珍しくない、
大きな会社もあれば、個人のお客様もいる。
税理士事務所に訪ねてくることもあれば、
月に一度、お客様の会社に訪ねて書類を預かったり、
相談にのったりする。
オプションサービスという言葉の場合もあるが、
最近ではインターネットを使った帳簿のやり取りも増え、
パソコンのソフトに、
お客様の売り上げや仕入れなどの数字を入力する。
お客様の会社で入力することもあれば、
紙の帳簿を預かって、事務所で入力することもある

  *

余談だが、税理士に、株取引の制限・禁止はないのだが、
M&Aに関する契約締結交渉に従事していた税理士が、
その事実が公表される前に、将来的に親会社となる企業の株を、
知人名義の口座で買い付け、
さらにその知人にも買い付けを推奨していたという事件がある。

お分かりだろうか、
これはインサイダー取引である。
これはかなり極端な例だけれど、
独立した第三者の立場から、
財務諸表をチェックする立場になければ、問題はなく、
機密情報に精通していなければ、問題はない、
という認識でいいだろうと思う。


  *

税理士によっても異なるが、
二月から三月は所得税の確定申告があるからものすごく忙しい。
所得税の確定申告は、原則として、その年の翌年二月十六日から、
三月十五日までに行う

税理士のお客様は会社だけではなく、商店などをやっている、
個人事業主や、確定申告の必要な人もいる。
美容師や、農家などがそうだ。

  *

経費の計算には、レシートや領収書を忘れずに取っておく。
帳簿に書き込むのはもちろん、
レシートや領収書をノートに貼ったり、
ファイルなどにまとめていれる。
また紛失時でも、レシートを探す、出金伝票を利用する、
再発行を依頼することなどが出来る。

ちなみに確定申告の申告漏れが少額であってもバレる可能性がある。
税務当局は定期的な監査や調査を実施し、申告漏れの疑いがある場合、
対象の申告を詳しく調査することがある。
そういえば個人事業には税務調査が入らないとか、
国税OBが税務署に顔が利くというのは、都市伝説だ、
少額の申告漏れであっても調査対象になることがあるため、
正確な申告を心がけなければいけない。

ただ、税務署に税務代理権限証書の提出をしていると、
税務調査の連絡は税理士に届く。
税理士が納税者に変わって、調査官に説明や主張を行う。
―――『税理士による税務代理

  *

なお、税理士試験の合格率は一五~二〇パーセント、
もちろん税理士になるための専門学校もある。

税理士試験は会計学二科目と、
簿記論および財務諸表論
税法九科目の中から三科目の、
所得税法法人税法相続税法消費税法
また酒税法国税宙秀峰、住民税また事業税、固定資産税。
ただし、所得税法または法人税法の、
どちらか一科目は必ず選ぶ)の、
合計五科目に合格する必要がある。

会計学に属する試験科目の受験資格​」は、
令和五年度から緩和してなくなり、
税法に属する試験科目の受験資格」は
学識大学や短大で、決められた社会学の単位を取っている場合
資格簿記検定一級合格者など、
職歴税理士事務所で二年以上働いた経験がある人など
といった様々な受験資格を定めていて、
どれか一つの要件を満たせば受験資格を得られる。

ただ、一度にすべて合格する必要はなく、
別に絡繰りとか、抜け道ではないのだが、
一年目の試験で二科目、二年目の試験で一科目、
三年目の試験で二科目というように、積み上げ式に受験できる。
、、、、、、、、、、、、、、
一度合格した科目はずっと有効。
だからほとんどの人は一年じゃなくて何年かかけて合格する。
ただ五科目以上合格しても、二年以上の実務経験が必要だ。

全国の税理士会では、毎月新しく税理士になった人達を集めた、
税理士証票伝達式が行われ、
そこで会長からじきじきに税理士である証明書を受け取る。

日本の税理士バッジは、日本の国花の一つである、
桜の花がデザインされている。
税理士バッジの外側をふちどる円は、日本の「」を示し、
日を追って限りなく進行する」という意味。
税理士バッジは税理士会から貸し出されているので、
税理士をやめる時には返さなければならない。

なお日本全国、地域ごとの十五の税理士会がある。
税理士はその地域の税理士会に所属する。
また税理士の登録手数料が五万円、登録免許税が六万円、
これに加えて各地域の税理士会に入会金が三万から五万円、
年会費が十万から十五万円を支払う。
これは毎年のランニングコストになる。




​​​​​​​​​​​​

捻じれ始めた世界

​​








        

​​​​​​​​        長くて、断層かれ

       
        



        
            期待僕等けて、 
             
            何とはなしにこみあげる孤独
​​​​​            星えるまでいた、​​​​​
            頭焦燥感。

          、、、、、、、、、、
         「望遠鏡もなかったけど―――


            (Oh...daisy chain
          
          
          


            “​​はそうだった、

                                                いまはう​​

             大き くなっ ても、

            夏の 自然 の 端っこ。
 ​
        何か言わなければその誤作動みたいな、​​
​               謎のループ・モーションは終わらない。

​​​​​​​            (入り口も出口も一緒なら、
                               土台を失った塔のようだね


            「角いの中の、
     存在証明、範解答」

             
        

       
                、、
               不能にする
            もない平原のがらんとした中、
            意のないがらくたをとしたいの中。
           
              
              
              こんなのきっと水のない水族館だ、
                     いつか窒息してしま―――う。
​​​​​​​​                  

            、、、、
            限界
          テスト中のサンフランシスコの自動運転タクシー
            (ら、
            ​(​ら、​)​
          ​―――ボタン。​​​​​​​

​​​​​​​​​
         
            
          
           「汚 れ て し ま っ た ん だ 、
           
            「ひび割れてしまったんだ、」  
           

           マロン、アーロン、そろそろ何かあんのん?
           観音、歯磨きのペーストは甘いon...
              (音、)(恩、)(怨、


           「ざらしの物干し場で、
         味わいカルピスフルーツミックス
            (酢、


           
           
          
      
       


           
​​​​            ​​​​​​​



SCARLET



​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​



彼女い、
れやすそうな背中いかけている、
いなのに、
他人みたいな距離で、
時刻表余白

―――ってゆく


いつかすべての生命祝福接吻を、
える
るか―――
いでゆくか―――
すばらしい出会いが弱々しい小賢しさに、
けないとじている。

でもめないものをじる・・・。

   ヴィントミューレ
―――風車。



げる、
ろからせられる、
でることもできる。


(真えてゆく...)
(真えてゆく...)


チャンフンダオ・マンションになるんだろうな、
バサックアパートみたいなんだろうな、
露出補正機能、
高層建築鉄筋コンクリート・・、
信号わるろうとする、
黄泉通路にでもんだ気分さ、
、、、、、
見えるかな、

渋滞、ほら、歯軋りがこえる、
、、、、、、、、、
分からないだろうな、

ひとりで熟成させるにはかない、
感情ディスプレイブラウン管


あなたのと、
あなのこと―――かり・・。




僕等はずっとにいた、
ピンクびら、箱型住宅蝉、
公孫樹並木金木犀浮浪者のしょぼつき、
のところから千切れたみたいに、


身体半分、だった、の・・。


クリユプトガナメルス・クリユプトグラム    
隠花植物ノ暗号文字で綴られる、
アプセンチア・アニミ
魂の不在。


半分​持​ってかれて、
なんだよいまさら、
音楽っているものが鼓動呼吸だということに、
ふと気付く、
いまさくんでいる、
きたいような、
オルゴールのメロディ
天使の階梯・・・・・・。

​エシェック・エ・マット​
投了。


なかなかがれない膏薬
ネガフィルムのようにきつく最後科白
残像のようにきついてれようとしない、
えたいことも えていったけど。
​​​​​以上がしい未来。​​​​​


​​ も  わ ら な い ざ わ め き 。​​
​​ も  わ ら な い 移 ろ い 。​​


少年時代に戻ったみたい―――だ、​
​​つきやすくて、風船で、硝子で、​​
​​・・・・・・ってる―――僕が落ち込んでいることを・・・・・・。​​
​​そして・・・・・・はきっと何も知らないでいるだろう・・・・・・。​​

ないから、られたことがないから、
傷付くってことがどういうことかわからないから―――。
そうってたこととはう、
、、、、
ぜんぜん
、さ。
もっと根深くて、解決できない、
やりのないりや、しみや、しさや、なさ。
、、、、
まったく
、さ。
っこくて、みついてくるようなの、
低回する
皮膚いかぶさってくるような気分
ほら、金属わせる・・。


誰 か が 窓 を 開 け た み た い に 、​​​
「(あのなんていうあのはないよ―――ね)」
​​​別 の 景 色 に 見 え る ・・・・・・。​​​
「(物質で、過去もつくられている、未来も)」


   クライノート
―――宝石。


​​​​​​​​​ありとあらゆるものに​等​しく祝福されるべきもの、​
影響力かして、背中れる、​​​​​​​​

​​​​​​―――僕等まだ、完璧究極真実という形成途上にいて。​​​​​​


ま―――る。
胸が熱―――・・。



ザイデンシュトラーセ
千夜一夜物語・・・・・・。



エレヴェーターると、表示階数がわからなくなる。
必要以上びたをたてる階段のようながした、
学校屋上てる。
自然まりゆく躊躇い、
くように手足からけていって、
んでしまう、
いまのにはめるがないから。

なる視座から微妙ズレたものをる、
連想ゲーム。
はそれでも意味
最初見方向見続けていても・・・・・・。​​​​​


横断歩道だけんで​けたらいい、​
煉瓦だけでけたら​いい、​
​​​途切れなかったら―――い、​​​
​​途切れなくて―――い・・。​​


​​になろうとする、​​
​​​​​そうしたら、おっている夕食カレーとか、​​​​​
​​​​便意やら尿意やらを我慢しているのそれを、​​​​
​​してしま―――う。​​


時々思うよ、​
​​僕等のいうところの本当ってなんだろうって。​​
​​本当本当さ、それはわかっているよ、​​
​​​でも、じゃわかっていても、が、かが、​​​
​それにかせたりしない―――んだ、​
​​​こんなえのつかない気持ちのまんまじゃ、​​​
​​​​​おうが、おうが、一緒さ。​​​​​


​​​​​​僕化石太陽いを―――甲虫・・・。​​​​​​


​​​​​​​​体験には権力国家文明生活枠組みがある―――から
(身体を揺すってペダルを踏む、)
   、、
―――から、​​​​​​​​

​​​​​宇宙けて思考じることが出来ないように、
(孤独な缶コーヒーを飲みながら共同椅子に座る、)
   、、
―――から、


​​​​​

​​​​​​カウンターメモリがひたすらにってゆく。
高速道路白銀灯派手看板、線路電車、​​​​​​

​​​​​​コンビニエンスストアったビニール傘。
歩道橋横断歩道街路樹、​​​​​​

​​観覧車のような時間。​​
​​​​​​凸レンズ湾曲したんだような光景。​​​​​​
​うねりはしながら、​
​​複雑変化していく。​​
​ほら、ごっこしているみたいだ。​
​​​​​のようにえていくのをじながら、蛇腹、​​​​​
​​​​​​パターン模様がいくつもれてきかう。​​​​​​


返事必要ないということ、
映画れのシーンみたいじゃない、
湿っぽくなりたくない。
鱗雲放射状
さな波紋げかけるバタフライエフェクト
フアフロツキーズ現象

いてもらう必要もない、
をかける勇気のなかった思春期じゃない、
だっておいの気持ちはわかっている、
視線痕跡
物質圧力浸透・・。
だのにどうしてからへとされてゆく希望で、

―――揺れるんろう
―――止まらないん―――う。



​​​はきっと一言も、やっぱりただの一言もいえずに、​​​
​​このくんだろう。​​
​​​​​​がりくねったくように、のくれ、​​​​​​
​​次第にこみあげてくる喜怒哀楽、​​
​​ロボットみたいな無表情をして、​​
​​​残酷繊細変形する。

​​​

   、、、、
―――​調教する。​


赤い糸の解き方も知​っている、​
でも赤い糸を解​くつもりもない。​
突然の霹靂みたいに過ぎ去ってゆく電流​は、​
可能性の束を紡​ぐ、​
甘くて切なくて苦しい不安の魅力​として。​



しかけないでねといった、​
決心が揺らぐからと、​
​凪のような時間。​
​​​こうやっ―――。​​​
​こんなに・・・・・・。​​



​​​​​崩れずにたわっているものがかびがる―――。​​​​​
​​でもそれをない・・・。​​
​​​​僕等本当かをんでいるのだろう―――か。​​​​​
​​​僕等てない・・・・・・。​​​​


身体半分、だった、の・・。


クリユプトガナメルス・クリユプトグラム    
隠花植物ノ暗号文字で綴られる、
アプセンチア・アニミ
魂の不在。


このにあるやかな精彩
どれかつのかり感情では、
けして到達することのできなかった、
れた僕等さを記念碑的感情結晶

世界認識するフィルター、
不安象形文字にでもなりながら一瞬ごとに変形する
暗部グラデーションえるように。


あなたのと、
あなのこと―――かり・・。



​​​​微細なものから巨大なものにいたる圧倒的がりに、​​​​
​​​​​​​質量​と速度位相まれて、​​​​​​​
きてる、​
​​​​しばしばする幸運不運にももわかっていない、​​​​
​​とぼけたスヌーピーみたいなをしながら、​​
​​​​首輪をつけたと、をつなげた杭。​​​​
​​​​​​情感わり、にまでわってる、​​​​​​
​​​​​呼吸するじ、まれるようなじ・・・・・・。​​​​​

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
無視してもこれから何度も心に絡みつきそうな、
   、、、、
―――​凪の時間。​



​​​​これからのしい生活ってる、​​​​
にも。​
​​けれどわれ、されるのは、​​
​​​大人としてごす時間になっていくだろう、​​​
​​なんだ子供のままのがよかったじゃないか、​​
​といながら、


​それでも心の中の燐は輝きたがっている、​
新しいまでに残酷で優しく無力な世界の色の方へ。​

心のの前で立ち止まることで、​​
​​​開けられないまま迎えた、このドアを知ったことで、




​​​​​U字型カーヴのなめらかなじといてゆく視界、​​​​​
​​​​​​木漏いできそうな、せなような、​​​​​​
​​もうこれ以上何処にもまなくてもいいような、​​
​​​あのじ、そうさ、あのじ・・・・・・。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​



​   リヒト​​
​​​​​​

―――・・。