koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

何かがやって来る・空白・鏡

 

何かがやって来る

 

 

あからめてはやく疾走してゆくもの

皮膚を励ますように崩れこむ息の熱さ

この無人称の息

くるいのない明度が

肉体に必然的に負わされている

悪なのではないか
ノン          と
否! それでも釈きはなちたまえ

内部から噴き出していったもの

小さな火
             いなづま
窓ガラスをゆらして走る雷光

籠り囚われるための鐘の音

せよ! 時間

みちてくるものをまた一つ見送って

互いに背を向け合って

ついに形を成さず、とうに形を失くしたもの

死者たちが永遠に送ることのできない風

その呼気と吐気

いわば影が見ている夢のような
             レッド・カーマイン  
口の中の碑銘にみちてくる赤彩色の適湿よ

何故融ける馬
        うお
なにゆえとける魚

それは何故しろい揺籃を想起させ

はてしなく脱線してゆくことを無条件に了解し

見えない青をいまでも何故求め

時あらば 自嘲に切り替わらんとす

――煙草をくちびるに

   ・・・人がよしとも、あしともいう

   その口のうら白で、うすッ暗い敏感な吸盤が

   硬いさびしさを問う黒い棒


     人は反抗する生き物だ――!


ピンク色と違う

また朱色でもない記号に

口笛は聞こえない

何が終り 何がはじまる


  青い血はひろがる。不透明な昂揚は酒乱化

  修羅場。経験を急ぐためにシュビ・ドゥ・バ

   山に夕陽は落ち続ける円転滑脱


     人は反抗する生き物だ――!


     (しろい風がわたる、やがてここにも

      追手がやってくる。彼はこの眺めを追認する。

      そう、仕上げのように、

      頬杖をついた路上に、ベンチに

      とくべつな速さをもった車に、バイクに

      坂をおりてゆく自転車に、人に、人に

      関わりを持たない、人に


   少年期から思春期へと写真集の頁を操る

   鎮めるもののない街でつめたいよろい戸をおろす

   怨みを含む者のまなざしで

   懶惰とは情慾のことか、と思う・・・

    (ひたすらつめたい光に『ふるえ』と名をつけるほど

     やわらかく抱かれながら会得する

     とりとめもないことを言いたくて仕方ない真理



       人は反抗する――! 



  *

 

 

空白

 

 

陽が射さない
           あくび
           欠伸した

 夜だった


  男は幸福ではなかった

 
               幸福とは?
            めのう
     ・・・うちゅうの瑪瑙のなかに


   見つけ出すものかもしれない


      口を噤んでいた、


  愛ですね

           ――愛でしたね

    よろこび、でしたね


   目をつむっても、

                 あった

       つむっても、つむっても

あるだろう

     しみとおるほどの


       愛





  *

 

 

 

きこり
午後、樵夫が一本の樹を伐採した
       
それが神の饗えであったと

風景の裏側へと遁れさる鳥が沈思を謡いあげた

  
       燃え失せるほどに、灰

     油蝉が目を醒ます、なめわたされることのない透明が

    薪をくべていた


 草色のふかみから、トールの雷

 小夜鳴き鳥

  あわめることで掠め合うまだらな林道に、

  かじかんだ呼び鈴が鳴る
      くるぶし
  (冷えた踝を思い出すほどに


樵夫は じゅうぶんに向き合わなかった

蛇が石で出来ていたこと

白内障であるように、また――

めがねなしでは何も見えないように

           あわい
    あるかなきかの間に

   肌のぬくみと、絹のさわりがあった
             こだま
  呼ぶ空では、林に木霊した鴉の声があった


   ある日、彼は写真を撮れない処にいた

   さまざまな世界を奪われる境遇にいた

   ・・・彼にとってのすべてはうつくしい言葉になった

     (盲目。――失明。


      斬り付けるような響きを知った

     あおくゆれる、悲しみがあらゆる戦いを、

    競争を、小競り合いを低次元なものにした


地図の外にこぼれていたものは

とうとうこぼれっぱなしになった

蛇口はひねられていた

でもそれに彼は気付くことはできなかった


  鳥の鳴き声が窓の向こうから聞こえた

   窓の向こうに、しまい忘れたように青空があった

    くりぬいたはずの水が、吹き消したはずの風が・・


 世界は深い眼のなかで、

 何も変わらないことを告げていた

 蜘蛛の巣があること、雨上がりの庭があること

 ・・・妻が甲斐甲斐しいこと

                    いまごろ、気付く

   かぎゅう
   蝸牛は悟る

    つめたい威嚇にかこまれながら暮らし

     これまで、光が滝のように落ちては渇いていたこと


  不意に、あてがわれた妻の手

  みずいろに染まって濡れている

   うれしいのに、かなしい乳いろのほら穴
      ひきだし
   遠くに抽斗がある、時が残していく孤独がある


 ――何の変哲もない一日、

 かわりばえもしない一日、

  ・・・咽喉にすべりおりてゆく、水は


   水青く

   天をくぐれば
      コーラス
   千の合唱