koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

イラスト詩「零式」








【log in】して、
透過ディスプレイのように事細かに浮かんだ、
オンラインユーザー規約を斜め読みしながら、
眼の奥に突き刺さるような、極彩色の光の乱舞。
ぼんやりと景色の像を結ぶ数秒。
視界のピントがきっちり合うと、
―――本物そっくりの、
ヴァーチャルリアリティの世界が見えてくる。

お菓子の包み紙の迷宮、
ここは“フェアリーランド”だ・・。


制御の観点から見た正しいシステム動作を各交点に記入する、
滅亡を記す日記の中、
無辺際な、雑多な漂流物にみちた、
気まぐれなで暴力的な、奇跡の、宇宙の夜。
“alert”がする・・。
『許可証』とか、『身分証明書』に意味はない。
無心に掻きまわしている古い灰の上・・・。


「(だって世界はもう終わったんだから―――)」


暗号文字や信号の自動解読装置。
イメージがタグのように消えてゆく―――夢の深淵の腐葉土みたいに。
時折思い出したように、さわさわする。
かたつむりの皮膚――ワカメみたいな前髪・・。
やさしく心にしみてくる、鳥たちの声。
学校指定のスクールシャツと、ネクタイ、ブレザーにズボン。
柔弱な場所。富士壺や牡蠣にでもなったような、硬い心―――。
長く伸びた腿、
背中のブラジャーも白く浮かび上がる夜青色の夜の光・・。
スティングの声でも聴こえてきそう―――だ・・。
『Englishman In New York』
加速する詳細――3D的な表現・・頭の中の模型写真・・・。
好きなことが地下水脈にぶつかるまで掘り下げる。
無限に果物のなる樹があり、
無限に動物とたわむれる時間がある。
図面化する、ピックアップする、大砂の彫刻の解放。
沈殿物など何処にもない明るい孤独・・・・・・。


「ねえ話を聞いてるの・・・?」


―――そこへと泳いでいく、夏の始まり。
始まる、夏――。

大きな音が頭を打ち、耳の底が抜けたような空白のあと。
アルペツジオのような永遠の夜の風が吹く。
―――『星の挨拶』だ。
緊張のなくなった身体、骨のない軟体動物。
その蜜の味、水蜜桃から滴り落ちる甘い雫、美しく熟れた果実。
でもこの心の異常な軽やかさと虚しさは何だ。
ただいたずらに流れていくことしかできない一筋の暗渠は何だ。
気が付くと、深海魚のようにぬめぬめとした身体が残されている。
世迷言、荒唐無稽、
まさに寝言ほどの価値もないことだったのだと思う。
逃げ道のない袋小路、八方ふさがり、
四面楚歌、世間体、人の眼、常識。


トクン・・・・・・。
トクン・・・・・・。

もう一つのディスティニー・レコード。
でも本当は僕自身、気付いているんだ。
声が光の筋になって、見えない糸のように思えても、
何の意味もないこと―――。

それでも嬉しさや愛しさで、眼が細くなる・・・。
考えていた、本当は、ずーっと、ずーっと、考えていた・・。
本当は自分がどうしたいのかを決定する明確な方針が見つからず、
思考回路は被害妄想の渦。
卑屈で、甲高い軽い調子で、とりとめのない、
迷路に迷い込む。言貌。品形。才色。
注文した品物を持ってきて、カンガルーはトレイを抱え、
ご注文は以上でよろしかったでしょうか?

脳内のギアがシフトアップする。
折り返し問い合わせの必要あり。
予約を取り消す旨の申し送り。
ドアのほうに向き直った数秒のあと、
中断された会話がふたたび始められ―――る・・。


「いつまでも聞いてるよ・・・・・・」


言わないで欲しい、愛が幻想だなんて。
健全な緑が、病のもと朽ちて茶色や灰色になる全音階の作用。
時の摂理。

―――背中姿からこちらを向いた彼女がきらきらとしている、
満月がプリンのようにくりぬかれ、星雲は時の夜を循環り、
いまだかつてない、世界が空っぽの壺に思えるような、
バラードを披露する。
光化学スモッグで汚れた街の、
スリムなジーンズの色をした瞳はヘブンリー・ブルー。
虚妄に憑かれながらのバルブ・タイミング。
大きな負荷慣性モーメントを高い回転加速度で駆け抜ける時間。
被写界深度拡大カメラ。

本当は意識の斜めの方に貼りついているはずのVRゴーグルの方が、
本当なのに、いまでもやっぱりその場所へ行ってみたい。
夜のしかめ面のような閉鎖する世界、覆されることのない宝石、
―――そのいくつもの折り重なった厚い弦楽合奏のような一瞬。


トクン・・・・・・。
トクン・・・・・・。

もう一つのディスティニー・レコード。
―――なんかではない、芝居の幕を下ろせない気持ち悪さ。
咽喉の奥からおびただしい魚たちが苦しげに跳ねる、
NPCに本当の感情はない―――。


夢を見た、
あれは何年前のゲームだっただろう。
そこにいるキャラクターを気に入って増設した。
僕等は何度も色んな冒険をして、色んな遊びをした。
いまこの一瞬が侘しく、世界がもっと悲しく思えるのは、
それが葉をことごとく風に振るい落とされて、
骨のように見える、
冬の針葉樹林だからじゃないかっていう気がした。
電気信号。
眠たげな囁き。
顔の色も変わるよ、誰もいないこの場所でもまだ吐息が、
夢の中の得体のしれないクールなマインドが、
隣町から自分の町へとようやく来た雨脚のように降るから。
特別なんてものを信じつつある僕に、
深海の燐光と共にバグが理解されてゆく。
ヴァージョンアップされない古い型はついに修復を放棄された。
知識を身に着けて再三再四取り組んではみたけれど、
セットアップされた物自体がいかんせん古すぎた。
もっと美しくて、もっと可愛い女性だっている。
でもそういうことじゃないんだという人間の中の愛着が、
つまり執着心が、弱さが、醜さがそれを拒んだ。
彼女がいない世界はどんなに楽しそうでも見劣りした。
彼女とともに大人になった。
彼女は僕のナビゲイターだった。


【log out】をしようとした時、
そしてもうここへは帰って来ないと決めた時・・・、
彼女の中で朝が夜明けの中から現れたのか、
狙撃する閃光は神々の流した血のように涙がこぼれた。
それは深淵のなかにいくつもの場面を連れて、
転げ落ちていった。
息が詰まる、
どうしてかしらもう会えないような気がする、なんて言うから。
胸が高鳴る。
ねえ忘れないでね、わたしがちゃんといたことを、なんて言うから。
けれどもそれは僕のバイタルサインや、動作から導き出された、
最適な回路、世界は美しい、数字が美しい、計算が美しい、
方程式が美しい、光の縞をふたたび綾に染め直すぐらいわけはない、
軽やかに宙に漂う、光芒。
青い春が長い裾を引いて立っているよ、
その線をなぞり返して次第に幅広くなってゆくよ、
―――最初から最後まで娼婦だったNPC―――と・・・。


現実世界へ戻ってきた時の虚脱感は凄まじいものがあった。
青の箱庭をわけもわからず侵蝕して来る、
未来という、進歩という黒いものが次第に頬を濡らしてゆく。
リフレインする彼女の言葉、声、イメージ、
時折にはもう人間そのものであったものが一つずつ壊されてゆく。
だのにどうして。
そうだどうして。

トクン・・・・・・。
トクン・・・・・・。

もう一つのディスティニー・レコード。
インターフォンが鳴った扉の向こうに、
ここから見える外に通じるドアの狭い隙間に、
申し訳なさそうな顔をして立っている、
彼女の生き写しがいるのだろう―――。


「その、驚かせたかったんです・・・」


何を言っているのだろう、この化け物は、
いや、幻想共有素材はと思いながら、
待てよ、ハッキングツールの要領で、
いや違う、ディジタルマルチメータの作用で・・・・・・。
などとは言っているが、どうでもいい。
どちらの方が重要度が高いか、何を尊重すべきかがわかる。


―――手を伸ばして触れようとしても、
擦り抜けない、触れられる、もう一つの可能性――。