とあるマンションに行ってきた、
と、始めるのは正しいのだろうか・・・・・・。
プジュン...
[ブザーが何かの烙印のように見えている]
[部屋と廊下の網状組織が交錯し、汚れた壁が見えている]
[階段を昇ってきた]
、、
すっ、と手を伸ばす。
―――インターフォンを押す。
―――インターフォンを押す。
*
がちゃり、の瞬間が中々訪れない。
開閉音。
人がいるんだか、いないんだか、わからない。
木製の架台の―――。
木製の架台の―――上には。
(・・・・・・呟き声や咳払い、)
がたんごとん、
普段まったく使わない地下鉄を利用した、
先程まであれほど人がいたのに、
腹の奥が冷たくなるようなプラットフォーム、
電燈が薄暗い通路、
人の気配がしない改札、
地下鉄の出口から、みすぼらしい住宅街が広がった。
ゴーストタウンのように、やはり人の気配がしない。
踏切を渡った、
―――踏切を渡った・・。
(卵を植え付けられ、その卵に、でっぷりと肥った、
とんでもない大きさに成長するという蛆虫がいる、)
(アメーバーが幽体離脱したような欲望を持っているわけではない、
ただ、アメーバーが鳥肌立つような原型質の何かを持ってる、)
(とてもとても長い時間をかけて、
全身を痙攣させ、それを見ているぽかんとした口を尻目に、
胸が悪くなるほど厭らしい進化を始める)
*
《記憶がない》―――ことに気付いたのは、
いつだったろう・・・。
マジックハンドや拾い棒、
ICカード、切符の券売機の音。
吊革の感触。
[そもそも、]と俺は言う。
(そもそも、)
―――俺は何故、
このマンションにいるのだろう・・・。
*
何故か不思議に思わなかった。
馬尾神経ガソリンスタンド、
ドラッグストア十二指腸、
内臓文具店、干物屋横隔膜、
クリーニング屋上腕大動脈、酒屋心筋、
布団屋恥骨結合など沢山の店があった。
―――個性的な名前、
追加用の綿、布団を縫うロウ引き糸や、
布団とじ色、職業用ミシン。
・・・・・・それがどうした。
けれども、どの店も電燈が消えていた。
シャッターが閉まっていたのではない、
どの店も電燈が消えて、
営業をしているのか、
していないのかわからない状態だった。
*
ぼそっ、と言った。
自分が?
誰かが?
わからない、わからない。
ワカラナイ、ワカラナイ。
、、、、、、、、、
感光力って言うんだ。
*
むかで
蜈蚣のことを考えた、
巨大な生物の生息する、重い流動体、
琥珀色の中毒性を持った液体のイメージ・・。
、、、、、、、、、、
真っ暗闇のマンションにいる。
心の隙間が見えそうな暗闇、
石壁に息を吹き込んでいるような暗闇・・。
プジュン...
[ブザーが何かの烙印のように見えている]
(*押すたびに、何故か猫の鳴き声がする、)
[部屋と廊下の網状組織が交錯し、汚れた壁が見えている]
(*鴉の羽根? 鴉の羽根?)
[階段を昇ってきた]
(*隅には虫の死骸がある)
―――インターフォンを押す。
―――インターフォンを押す。
*
パティオ
中庭。
―――その言葉が何か、思い出させる。
―――契約書のようなもの。
―――指を切って血を出し拇印とした。
、、、、、、
ミノタウロス。
*
ドアの覗き穴が、何故か気になった。
一点を見つめるみたいに、何かの象徴的なものみたいに、
そこにはめこまれている広角レンズ。
人が歪んで、狭い景色が、箱からくりのように見えてくる。
移動している。音は無い。
電燈が点く。何かが浮かぶ。
指が足りない。説明が難しい。
―――緊張の時間が続く、
処方箋をカウンターに置くような音が聞こえる、
松葉杖を転かしたようなかすな音が聞こえる、
―――聞こえないのは、
自分の呼吸、自分の心臓の音、
自分の記憶、自分の言葉だ・・・。
ギイーッ...
何かが開くのを感じる、光が射しこむ、埃が動く、
しかしそれは潜伏する死が迫るのを感じ、
眠りの前に訪れる小さなばらばらに砕けたイメージが、
心の中でさらに蟠っているようなものだ。
ドアの上部から、エクトプラズムのような緑色のシロップ、
―――のようなものが垂れてくる、
急転直下、浸透拡充・・・、
腐ったチーズの、かんばしい、胸のむかつく、気を失いそうな、
―――のようなものが垂れてくる。
夜はまだまだ終わらない、
謎はそう簡単には尽きてくれない、
ねえ、君も知ってるだろう?
ガチャン...ガチャン...カツーン...