koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

イラスト詩「心の中をクリーニング」

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クリーニング屋って、四月から六月に繁忙期があるのよ」

衣替えの頃だからかな、と思う。
割引セールをしていたら行く人もいるだろうな、と思う。
前にガソリンスタンドで、タイヤが期間中割引で半額になる、
というのがあった。もちろん、してもらった。
別に割引セールとか半額に踊らされたわけではないが、
時には踊ることも厭わない。
多様化とはすなわち―――リスクの分散のことである。

「そうなんだ」

何か言いたそうな顔をしている。
超何か言いたそうな顔。
でも服なんかほとんど買わないヴィンテージ部屋着職人に、
一体この女、何を期待しているというのか。
僕は穴の開いた履けないズボンを何故かいくつも所有している。
ダメージを受けた。
スライムのくせに。
ダメージを受けた。
ゴブリンのくせに。
そんな感じ。

「受付って楽そうでしょ?」

顔をうかがって、あ、これ絶対違うヤツだ、と思う。
僕は賢い。顔色で他人の求める答えを言う。
けれど、閉鎖型内省志向のオプショナルサービスとしては、
その難易度が高いわけもない。
なんかいまシイナマコトを思い出した。
レイワ型の鴬の笹鳴き。

「いやいや―――客商売は大変だよ」

客商売などと思うどころか、いま、はじめて考えたような僕でも、
それっぽいことを言える。
これはコード理論である。
考えて喋るというのは大切だ、空想虚言者は浮気性の彼氏、
歩く地雷原みたいな生き方は戦闘民族向きである。

「・・・・・・そう、大変なのよ。
そもそも、クリーニングって『服を洗うところ』じゃないのよ、
クリーニングっていうのは、『自分が失敗したくないものを、
お金出して預けて洗うところ』のことなの・・」
「なるほど、そうだろうなあ」

タイセツなのは口裏をあわせることである。
仕事というのは何処でも大変なんだよ、
とか真っ当な意見を口が裂けてもヌカしてはいけない。
誰でも自分がしている仕事が大変だと思うものだし、
そこに僕が行ってもやっぱりすぐにはできなくて、
大変なものなのだ。職業性とはそういうものだ。
だからバイトだろうが正社員だろうが、
働くことは大変だ、だってみんなプロにならねばならない。
僕はパソコンを使ってのデータ入力や書類作成や、
電話の受け答えの事務職についてひとしきり考える。

「預けにきた生地の種類って多いのよ、
綿、シルク、アンゴラ、麻、ポリエステル、
ウール、アクリル、レーヨン、カシミヤ、モヘア。
またそれらの混合。
十年働いている人でもよくわからないって言う」

思わず笑ってしまう。
いやだって、よくわからないものを洗われたらたまらないな、
それは困るな、と思ったからだ。
でも眼つきがキッ―――キイッとなりそうになったので、
ごほごほ咳払いする。
デザートはやっぱりハーゲソダッシだよね?
それともマクドナリソのスマイシ?

「でも、バイトの子が言ってたけど、
あの雀の涙みたいな時給で求められるもの多すぎるわよ、
文明ってクレームの別名じゃないかって思うぐらい」
「うまいことを仰る―――で、どうなの、
ひどい客っているものなの?」
「そうね、いっぱいいるわよ。ただ、業種的に、
クレーマーとリピーターは紙一重だし、
だって、さっき言ったみたいに、
『自分が失敗したくないものを、

お金出して預けて洗うところ』だから、
きれい好きな人が多いのよ」

きれい好きだったら、
あらいぐまが来たらいいのにな、と思う。
でも人間だから、メルヘンの度合いはまったくない。
着ぐるみで行くべし、そして夏に死す。

童話作家はみんな嘘吐きだ、宮澤賢治も詐欺師だ。
―――とは思うけれど、
傷つける人がいない世界、自分にとっても他人にとっても、
やさしい世界というのに囚われる人もいる。
理想というのはそういうものだ。
それは完全マニュアル化かつシステマチックなものだ、
豊富なオプションもある。嘘は誰も救わない。
だからある程度のリアリティを求めなければならない。
残念ながら、困った人間や、嫌われる人間も、
世の中には必要なのだ。
頭が空っぽでも、馬鹿でも、鋏や煙。
日本に必要な、
スタンダードジャパニーズハッピーシステム、
靴に画鋲を入れる、服に蛙を入れる、
鞄にうんこを入れる、みんなやってる、素敵素敵、
マナー違反でもオレチガウシダブルピース!

「服に色々入ってるのよ、お金やクレジットカードに始まり、
ありとあらゆるポケットに入りそうなものがね。
名刺入れにいれられないキャバクラの名刺も入ってる。
飴が溶けてることもある、
なんかよくわからないけど湿ってることもある、
夏のワイシャツは激臭だしね。
あ、その場で脱いで渡してくる人もいる。
血がついた服もある」

きっと―――と、僕は思った。
日本はサービスが良すぎるんだと思う。
コンビニなんかいい典型だろうと思う。
あと、全然関係ないけど、
健康な犬の鼻は湿っているものだよ。
ソシャゲガチャのような回転率。

「やっぱり―――特別料金って必要だね。
でも、特別料金とするわけにはいかない、
そうすると、誰もしなくなっちゃうからね」
「大切なのは、早さじゃなくて慎重さ。
フロントの確認ミスで万一洋服に損害がでた場合、自腹。
シワ加工の服にシワ加工のタグを付け忘れたら、
きっちりアイロンかけられて元に戻らない、
折り目のいらないスラックスに折り目なしタグを付け忘れたら、
もう元に戻らない」

飛行機でヒューマンミスというのはある、
人の生命がかかっているからそんなのは困ると思うけど、
じゃあ人が死ななかったらヒューマンミスはいいのかって、
救急車は病院までカッ飛ばすべきか、みたいな話がある。
結局ヒューマンミスは起きる、賠償―――お金で解決する・・。
あとはもう、痛み止めをドラッグ売ってる、
(いっぱい、)ストアに買いに行き、
トイレットペーパーにマジックで神様の名前を書いて、
うんこの時に拭いてやってくださりませ。
感謝(していない、)ありがとうございます(くたばれ、)
いつもお慕い申しております、なむなむ・・・。
悪いのはあんたじゃない、
お前を作った奴が一番悪いに決まっている。
世界が好きな時に終われないなんて超糞ゲーだ。
人生の大半テトリスだ、打ち消し合う因果。

「麻百パーセントは細かい皺が残るから説明する、
カシミヤやシルク百パーセントは普通の洗い方では縮むから、
トリートメント加工をすすめる。合成皮革はひびわれ、
Tシャツなどプリント部分が有れば剥がれるかもと説明。
―――繁忙期は服がいっぱい来る」

お客のことを、服と呼ぶ。
そう言いたくなる気持ちも少しはわかるような気がした。
一品ニーキュッパ均一の水産系居酒屋的な理解を深める。
仕上がってるよ、仕上がってるよ、とマッスル。
業務用コンデンスミルクをしゃぶってな、
ということなのだろう。よくあることだ。
その人達がみんな、
クリーニング屋の理解に明るいわけでもない。
文句を言うならてめえがやれやボケがとは言えない、
アルカイックスマイル、
梅雨時のクリーニング屋は人が少ないと何処かで聞いた。
全然関係ないけれど、つまりこういうことだ、
クーラーの送風口は真上で冷え性の女性を困らせる。

「わたし、工場へ行って働きたいわね、
受付よりずっと楽しそうだと思う。
仲良くなってくると変な誘いやお願いもされるしね、
人付き合いって面倒くさい」

何処でも大変なものだと思うが、
気苦労がやはり多いのだろうと思う。
一般論は役に立たない。
コロナ渦で看護師が沢山辞めた、というニュースを聞いた。
それについては一概にはいえないことだけれど、
やっぱり色々思うこと、言いたいことがあるのだろう。
自分が可愛い、忙しい、みんな聖人君子じゃない、
お金をもらったとしても嫌なものは嫌だろう。
本音って正直なものだ、
そして人の心は誰にも変えられるものじゃない。
僕は水槽に入ってゆく金魚の餌みたいな気が、した。

「・・・・・・僕がイケメソだったら、」
「どうだっていうの?」
「頭を撫でて喜ばせてあげたい」
「わたし、犬じゃないんだけど」
「いやいや、イケメソの破壊力はすばらしく、
笑顔のアタックポイント略してSAP含めて、
優しくするだけで女性は嬉しいと言う」
「でも、わたし、犬じゃないよ」

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