「可愛い弟よ、両親が死んでもう半年になるね・・・・・・」
カーペットの上に布団を二つ敷いた姉の部屋、
勉強机や本棚が見える。
冬、加湿器が作動し、エアコンも動いている。
蛍光灯だけど、もう少ししたらベッドサイドランプになる。
ピンク色の女性らしいカーテン、観葉植物、壁のポスター。
それから壁の円形の鏡、美人の姉は毎朝自分の顔を覗くのだろう。
アロマの落ち着く匂い・・・・・・。
改まった口調の姉。
―――労りに満ち、年長者としての、
姉としての、優しさ・・・。
「わたしはもう両親のことを思い出に出来ている、
人には気付かないけど寿命がちゃんとあって、死がやって来る。
でもお前が生きていて本当によかったと心の底から思う、
あの時はわたしに急に熱が出て、お前が看病すると言って、
両親の旅行に行けなくて、
申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、
いまは、心の底から神様に感謝している、
本当に、本当に、よかった・・・・・・・」
しんみりとさせる―――声・・・。
半年間、何も言わず自分を支えてくれた、姉・・・・・・。
当初は胸が空っぽになったみたいだった、でもいまは、しっとりと、
生の充実を思い出し、昔の自分を取り戻せていると思う。
思わず、眼が潤んだ、いや、胸が潤んだ・・・・・・。
姉さん―――と言った瞬間に、感情が溢れて、
一気に爆発して泣き出してしまいそうで、慌てて声を抑えた。
それでも・・・・・・。
それでも・・・・・・。
波打ち際の孤独―――を思い出す・・。
一つ一つ葉が落ちていく、
秋から冬への熟れてゆくさまを思い描く。
熟れ終わっても実とはならない、
葉がすべて落ちてしまう時だ・・・・・・。
「・・・・・・姉さん」
僕は―――もう、大丈夫だから・・・・・・。
―――言葉を遮るように姉が言った。
「でも大丈夫、保険金もあるし、貯金もある。
わたしとあなたが大学卒業するまでは十分にある。
それにお姉ちゃん、実を言うと漫画家をやってる。
学校行ったふりしてたけど、実を言うと学校にずっと行ってない」
、、、、、、、、、
お金の話は気が重い。
―――大きな褐色の河を、
あるいは、冬の冷たい水温の河を、
歩いていくような気がする。
―――きらめくような明るさの中に、
差し込まれている鋭い陰もあれば、
暗い中に差し込まれている、
生ぬるい光の居心地のよさ、もある・・。
姉はいつも僕のことを気にかけてくれている。
世界中で一番、自分のことを心配してくれて―――いる・・。
この家には父親や母親の思い出が―――残りすぎている・・。
表情が、俤が―――心を揺さぶる・・・。
肉体は不自由な拘束を余儀なくされた境地。
極度の混雑から来た捨てばちの落ち着き、
強迫観念と隣り合わせ、精神の浮沈する、
ディナーからのデザートコース・・・。
家は『四角い箱』のように思えた。
でもいまは―――違う・・・・・・。
ここはやっぱり、『家』で・・・・・・、
僕と姉が暮らす、『家』なのだ、と。
ちょっと―――ずつ・・だったけど・・・。
だった―――けど・・・・・・。
空間を時間的に区切り、
それを組み立てることで、時間という連続した、
仮想の空間を立ち上げる映画のように・・・。
「・・・・・・でも、実を言うと、知ってたよ、
漫画家さんになってたとは知らなかったけど、
夜中にトイレに行ったらドアの隙間から灯りが洩れてて、
ドアをそっと開けたら机にかじりついて、
何かをやっているのを知っていたよ」
―――自分のために犠牲にならないで欲しい、
半年間支えてくれた姉に、
男になる時が来た、と思った。
無償の愛にそっと勇気を振り絞る時が来た、と思った。
僕は僕は・・・・・・。
>強くなるんだ・・・。
>姉を支えられるぐらい、強くなるんだ・・。
きっと漫画家が忙しいんだ、そう言うしかなくて、
姉は切りだしたのだろうと僕は思った。
締め切りに間に合わなくて、
徹夜したりするとも聞く、
おそらく日本でもっとも大変な職業の一つだ、と思う。
睡眠時間だけじゃなくて、人の期待に応えるってことは、
やっぱり、すごくすごく大変なことだと思う。
それなのに僕が足を引っ張るなんて嫌だ、
明日から僕は炊事洗濯、身の回りのことは何でもやろう。
―――しかし次の瞬間、
天地が引っ繰り返った。
「だから、正直に弟に言いたい、
わたしはすごいブラコンだ。
だから漫画は弟LOVEになってる」
・・・・・・え?
―――思考停止(?)
言い方が少し露骨でビクッとする。
姉は美人なので周囲から羨ましがられるけれど、
そうかといって、シスコンなんていわれたくない。
―――きっと。
―――きっと。
編集者の大人が、
そんな風に思うことで漫画を描きやすくなるよ、
とでもアドバイスをしたに違いない。
・・・・・・でも、キラーワードに、
時計の動く音だけが聞こえた(?)
レオンの主題歌の『Shape Of My Heart』だって、
何故か一瞬流れた(?)
「う、うん、し、仕方ないことだよね、
みんなが望むのは刺激的な展開だから、月並みな発想じゃ、
世間から求められないものね、うん、し、仕方ないよ。
それに姉と弟だけだもの、ブラコンなのも仕方ないよ、
ぼ、僕は全然気にしないよ」
選択肢1『美人だけどブラコンの姉』
選択肢2『美人だけど変態の姉(?)』
*後者です(?)
「わたしは弟のパンツを頭にかむりたい(?)
いや実を言うと―――毎日かむってる(?)
かむっていると、漫画を描く力をもりもり湧いてくる、
なんだこの、拡大する、爆発する、パワーは(?)」
、、、、、、、
何か言い始めた(?)
「やめて! どうしたの急に!」
「―――わたしは、それから、毎日布団に入ってくる、
まだ、両親が亡くなったショックから立ち直れないでいるお前の、
心の弱さにつけこんでしまいそうな自分が怖いのだ!(?)
頭を撫でながら、
さあ眠りなさい、と優しく言いながら、
パジャマに手を突っ込んでしまいそうな自分が!(?)
うー、スマートフォン症候群、手が悪いんです(?)
それから一度やってみたい、えっちい二人羽織り(?)」
、、、、、、、、、、、、 、、、、
何言ってくれちゃってんの、この人は(?)
「やめてやめて! イメージが―――壊れる・・・」
*壊れりゅ(?)
「でも、お互いの同意があればありとあらゆる困難は、
越えられます。つながりたい系ハッシュタグのように(?)
まずはお互い自然なところから始まり、無限ループを予感し、
そこは素敵でフラットで素敵な地平だった回路(?)
最終的に、アダルティ―に、ウィンウィンに、
深まっていったりすることもあるでしょう(?)」
「・・・・・・姉さん、とりあえず、
机の角に頭ぶつけて正気に返った方がいいと思うよ、
それからタイキックを後頭部に受けた方がいいよ、
あとタイタニックから落ちて氷の海を泳いだ方がいいよ(?)」
「軽蔑した眼で見ないでほしい、性癖に目覚めそうだ(?)
けれども、これだけは信じて欲しい、愛情は本物、
お前を立派な大人にしたい気持ちに嘘偽りないのだ!」
魂をぶつけ合う、
心と心が共鳴する―――。
そして、夜、肉体を求め合う。
ってコラ!(?)
「あ、愛情はずっと、微塵も、何一つも、疑ってないよ、ただ、
添加物みたいな変なものを入れないでよ、
それ、混ぜると危険だよ、毒ガス作れちゃうトイレのやつだよ(?)」
「違う、弟を大切にしたい気持ちは本当、
でもそれと同じぐらい妄想も本当(?)
身体が移動する、歩く、進む、二足歩行する、
その時に一つの塊、人体機能としての身体に、
泡のように浮上してくる気分のようなものがある、
それは―――弟という名の、眠らせておきたい、
でも、そのたびに熟れてゆくワイン(?)」
「・・・・・・姉さん、とりあえず、
巨漢デブの靴の裏に踏まれて、下水道に落ちた方がいいと思うよ、
それから相撲力士にごっつあんですって張り手受けた方がいいよ(?)」
「可愛い弟は毒舌であります―――か・い・か・ん(?)」
「姉さんが、冗談ばかり言うからだよ、てか、冗談だよね?
ちょっと眼がこわいんだけど、嘘だよね?」
―――ガ、シダイ、ニ、オカシイ(?)
確かに姉は過保護だった、溺愛しているとも言えた、
弟離れしていないという節も確かにあった。
でも・・・・・・。
でも・・・・・・。
、、、、、、、、、、、、、、、
どうしてそこまでおかしくなった?
*姉の懺悔めいた告白は続きます
立ちあがって段ボール箱を押入れから取り出し、
何だろうと思って見るとノートが何十冊も入っているように見える、
そこに―――僕の名前が書いていた。
『ゆーたのかんしゃつ・にゅっき』と、書かれていた。
、、、、、
死ねエエエ(?)
「わたしは実を言うとお前の観察日記を百冊も書いている、
もちろん、写真は別にしてるよ(←誰も聞いてねえ)
でも当たり前のことだ、弟を愛でるというのは、
そういうことなのだ!(?)」
「やめて気持ち悪いよ! 何、百冊って、
ポエム書いてよ、いや違う、漫画家やってるだったら、
キャラとかシナリオにその情熱費やしなよ、
何その昏すぎる情熱、何処に向かってるの?」
「じゃあ、どうしたらいいと言うのだ、弟よ?」
どうしたらいいじゃなくて......
あの、どうしたらとかじゃなくて......
や・め・リョ(?)
・・・・・・それはそうです(?)
・・・・・・何で他人行儀に受け流そうとしてるの?
「普通にしてよ、そんな変態みたいなことはやめてよ」
「わかった、今日から隠れてする(?)」
、、、、、、、、、、、、
その妥協点おかしくないか?
(でも、まあ、漫画家ってストレスをすごい抱えると言う・・・)
(きっと、ストレス発散で、そんな風に・・・・・・)
*少年よ、ストレスではなりません、病気です(?)
「う、うん、隠れてする分にはいいよ、隠れてもしてほしくないけど、
姉さんはきっと漫画家の仕事の為にやってるんだよね?
ね、そうなんでしょ? そうなんだよね?」
疑心暗鬼(?)
思い当たることはあった。
―――洗濯機に入れていた服を、
嗅いでいたりすることもあった(?)
あの時、眼がマジだったので、
見て見ぬふりをした。
―――でも、きっと漫画家になったストレスで、
変態的な行為を始めることで快感を見出し・・・。
とか、心の中でフォロー入れまくっている傍から、
台無しにする姉、というか、ヴァカ(?)
「可愛い弟よ、実を言うと漫画家の仕事はついでみたいなものだけど、
私はお前を安心させるために、実はそうだと言うだろう(?)
可愛い弟よ、世の中とは歪なものなのだ、
頭がおかしい人の尖った作品が評価されたりする。
結局、わたしは評価される側の天才だから仕方ないのだ、弟よ。
それは結局、みんな正直になりすぎることを怖がって、
本音がいえないからなのだ(?)
でもこれだけはわかってほしい、愛とは歪なものなのだ(?)」
「・・・・・・」
実はこういう言い方をしているのも、
漫画のシミュレーションじゃないのだろうか・・・・・・。
でも、とりあえず、やはり、当たり前のように、藪から棒に、
姉は滅茶苦茶なことを言ってくる。
「わたしは、弟に女装させて化粧したい(?)
そして喫茶店やデパートや遊園地などへ行きたい、
それは絶対に楽しい、こんな美少年、女装させないのが罪(?)
、、、、、、、、、、、、
罪なのはアンタの思考だよ!
「ね、姉さん、とりあえず猫に引っ掛かれて、
足滑って電信柱に頭ぶつけてきた方がいいと思うよ、
それからちょっとぐらいカラスにつつかれた方がいいと思うよ(?)」
「でもね可愛い弟よ、毎日毎日、朝御飯やお弁当を作り、夕食を作るのは、
何故だと思う、お姉ちゃんは可愛い弟が何不自由ないように、
いつも気配り心配りしているからだ―――と見せかけているけれど、
本当はどうやって食べるのかを考えるだけで幸せだからなのだ。
これが栄養素になる、お前の舌でそれは味に変わる、
咀嚼される、吸収される、おおっといま、ミートボールが、
野菜が身体の中へ入っていきましたよ、ヤッター、フヒョー(?)
奇声がいくつも重なり混じった音がわっと迫って来る(?)
―――とまあ、そのように、料理の醍醐味とは相手の身体のすべてを、
支配することなのだ(←違います)」
、、、
馬鹿姉!(?)
切り立った崖と、
その下のひろがりが眼に入るよう(?)
「わたしはお前の世界でただ一人のコックなのだ(?)
料理がいいか、お風呂がいいか、それともわたしがいいか、
と聞く日をそれとなく夢見る、フヘヘ・・・・(?)
お前は、いつか、甘えた声で、しゅべて、と言う(←言いません)
弟への愛というのは、そういうものなのだ!(?)」
「うん、超気持ち悪いから、明日から御飯自分で作って、
ひとりでこれから寝ようかな」
ガバッと肩掴まえられた、
―――いきなり、変態行為かと思ったら、
「それは三年後ぐらいにしなさい、あなたはまだ子供なのだから、
そして子供である前に男の子なのだから。
わたしは性差別で言うわけではないけれど、あんまり何でもできると、
結婚だってできなくなってしまいますよ、わたしに甘えなさい」
「とか言っているけれど?」
「とか言っているけれど、小学生の可愛い弟の時間は、
アイドルより短い、わたしは眼に焼き付けておきたいのだ!
ぶらざー・ふぉとぐらふぃー・ふぉーえばー・らーぶ(?)
そして弟はさらに思う、ツマとかヨメとかいうけがらわしい生き物は、
すぐに文句を言うことを知るでしょう、うわー超性格悪い、
女って最低、もー姉さんがいいよ、姉さん、そして、しゅべて(?)」
「姉さん、死ねばいいのに」
「グハッ、弟からどぎつい言葉の暴力を受けてしまった、
な、な―――なんという破壊力なのダ(←溜めるな)
もう三日徹夜して漫画を描き続ける力になる、
スパイラルエナジーサイクロン(?)
編集者に、仕事はかどってますね、今回も最高でしたよ、
あの変態行為サイコーデシタ(←んも、そんな奴ばっか!)
目薬も、メガシャキも、ミンミンダハーもいらない、
モンスターとか、いきったモンスターとか(?)
アンメルツを水に入れて顔を洗わなくても大丈夫(?)」
、、、、、、、、、
ねじれきったパワー(?)
「姉さんが普通になったら、やさしい言葉を言うよ」
「じゃあ、お目覚めのキスを儀式化したい、
まず、頬、次に眼蓋、鼻、それから唇と見せかけて、首、
首の次は耳、そして―――始まってしまうだろう(?)」
「やめてよ! どうしちゃったの姉さん!」
「弟を可愛く思う、そして愛しく思う、
そうしている内にこれも本当の愛なのだと気付く、
弟至上主義、それは愛の通過儀礼(←通過してねえじゃないか)
愛の前では身体の付き合いもとても自然なこと」
「・・・・・・死ねばいいのに(?)」
「嘘だよ」
「姉さん」
「ただ時々、お風呂に一緒に入って、
背中のながしっことかしようね(?)」