koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

雪が降る


空き地がある。
もちろん、所有者はいるはずなので、
都市としての適正な規模からするとそのスペースは
駐車場という風にも見えるのだが、車はない。
無節操な区画整理の産物か、住宅産業の不景気の煽りか、
いやいや―――田舎とはそういうものだ、
都市ならテント小屋や段ボールハウスが並ぶかも知れない。
レゴブロックをするように、
共犯者同士の奇妙な連帯感がいつの間にか出来上がる、
そこで子供たちは遊ぶ。

その空き地の前にお爺さんが住んでいる。
好々爺という感じだった。
けれども、こんな老人と空白の空き地が混ざると、
記入洩れの箇所が見つかる。
アルミ製のアコーディオン式の門扉でもつけたい具合に、だ。

月に何度かの割合で、
家の窓や、あるいは家の前に威圧的に立って、
誰もいない空き地に向かい発声練習をする。
​「出て行け」と怒鳴​る。
草を踏みしめる音と、風が電線をゆらす音。
一回や二回だったら虫とか動物かとも思うが、
青天の霹靂、好きなアーティストや俳優の結婚話。
けれど、何度も―――何度も怒鳴る。
もちろんそこに寸の詰まったソーセージみたいな、
ちんちくりんな子供の姿一つない。
道ばたの自動販売も、がらんとしたアスファルト道路も、
森の向こうにそびえている高圧鉄塔も・・・・・・。

こんな話がある、夜中に眼が醒めて足に針を刺す小人がいる。
その次の日、足下を調べてみたら折れた割り箸がある。

―――人間は時折、感覚の中を泳ぎまわる魚・・・。

といって、といって―――だが、
怒鳴るというのにも色んな種類があるが、
おそらく何処にもいない誰かに向かって叫んでいる、
イッちゃっているその光景は、
スペースシャトルの発射さながらで、
健忘症などではなく恍惚と呼ぶのに相応しい。
犬を連れた父親のような孤独の肖像だ。

―――フラッシュバックかも知れない、
咽喉元にせり上がってくる厭な記憶・・。

そこに存在するはずのない『』や『トンネル』を、
時折、異次元のように、併行世界のように、語る人がいる。
事実こういう話は、アインシュタイン以前からあった。
ただ、それらが的確に『異次元』や『併行世界』とすることで、
僕等が人生ゲームさながら、
車にピンをさすようなものとして理解される。
磁界の乱れ、それは網膜に滑り込んできた不思議な図形だ、
インターチェンジみたいに、切り替わる。


・・・・・・僕も物忘れをするけれど、
多くの人の中で、曖昧な印象をした人物ぐらい、
不思議な物忘れもないという気がする。

その人をOさんとするけれど、そのOさんは、
誰から聞いても、ちゃんとした印象を持っていない。
顔が淡泊とか、平板だとかいうことではない、
申し訳ないけれど、不細工と美人というのは、
印象に残りすぎるぐらい残る、インパクがあるのだ。
でも、分かり易い類型ほどではないとしたって、
なくて七癖、どんな顔をしているかわかるもの、
でもそのOさんは色んな話の中で違う人物のように聞こえる、
響く、またそのように―――思える・・。

Oさんが亡くなったのは、
その一か月ぐらい後だったのではないか、と思う・・。

空き地を囲むように建っている家々の窓も、
何事か、と反応することはない。
まるでほら吹き男さながら、だ。
閉まったままの鋼鉄の壁のようなそのテリトリーは、
日常茶飯事であることを示していた。
それはベルリンの壁を想起させた。
ここには、無法地帯のような、もう一つの国がある。

になる。
きっと寝ぼけているのだろうと思った。
ああいう時、咄嗟に状況を判断するのは困難だ。
しおかしくなる。
些細なきっかけで。
それは脳の異常アラートであり、
全国民に当てはまる死の兆候かも知れない。

携帯電話を出して、画像を呼び出すのとは違う、
―――人の心は少しずつ傷んでいくし、壊れていく。
気弱な犯人が、少しずつ味をしめて、
犯行がエスカレートしていくという法則みたいに、
老人の中に刃こぼれした鉋のようなものがある。
SNSなら的確に言う、キチガイ、と。


この世界の何パーセントかにはストーカーというのがいて、
見えない愛と、見えない敵意の半分ずつを抱えている。
そのストーカーというわけじゃないのだけれど、
ある日、Kの奴がこんな話をしていた。
「子供時代に森でさ、木刀を振り回しながら、
探検してたんだけどさ、
藪の中からガサガサガサガサって音がするんだ」
「最初は、大人かと思って隠れたんだ。
でも、あんまりにも音がするので、かも知れない、
狸とか逃げた犬かも知れないと思った」
「見てやろうって覗いたら、そこにはもない」

、、、、 、、、、
何もない、音がする。
―――それは追い掛けてくる、
何かがいる、でもそれは、見えない・・。


けれどある夕暮れ、お爺さんの怒鳴り声が聞こえた。
五月蠅いな、と思った。
さてこれで何回目のことだったろう、
最初は半信半疑だったけれど、
確実に言えることは、
いまではもうえない。
けれどその日は違っていた。
今日はいつもと違って、
いつも怒鳴っている空き地には、
見知らぬ少年や少女たちがいた。
彼等は一様に無表情でお爺さんを見つめていた。
もちろんそんな子供たちを自分は知らなかった。

、、、、、、、、、、、
蟻のようにざらざらする。

お爺さんが僕に気付いた。
慌てて、声をかけてきたように見えた。
その繕いは、いつものお爺さんのそれだった。

「見えたんだろう、すまんな」と言った。

子供達はもういなかった。
その、ベルトコンベアーに物が通過したような一瞬のあと。
―――温度が下がった。
何かがへこみ続けている穴のような物体を、
想像していた。
どろりとタールを流すような抑鬱がこみあげてくる。

あの子達は?
「わからない、でもああやって怒鳴るといなくなる。
それにああやって怒鳴りつけないと、
家の中にも入ってくるし、枕元にも立たれる」

お爺さんの心底迷惑しているような口ぶりで、
不意に自称霊感少女のGさんのことを思い出した。
ひどい話、当時、
幽霊を信じていなかった僕は、ガタガタと震え、
誰が連れて来たのとか、窓の外にという定型文に、
また始まったぜこいつ、と思って笑った。
笑いながら、小馬鹿にしながら、心の何処かを、
撫でぐりまわされるような感じ―――。

お爺さんは、自称霊感少女とは違うし、
いや、のところ、
自称霊感少女のレベルやクオリティだってわからない。
ただ―――鏡の中に囚われた夢のような自分が揺らぐ、
波紋が起きる、波風が立ったみたいに・・・・・・。

、、、、、、、、、、、、
自分の顔とは思えなくなる。


そう言われた時、ゾワッと背筋が寒くなるのを感じた。
子供達は半透明とか靄とか霧状のそれではなく、
その場に存在しているようにしか見えなかった。
また、そういえばおかっぱ頭や、
少し古臭い服装をしているようにも思えた。


遠い昔のことだ、いまは空き地はなく、
お爺さんの家もない。
捨てられた自転車が雪をかぶり、
錆びたハンドルが斜め上に突き出している・・。

、、、 、、、、、、、、、
今日は、積もるかも知れない・・・・・。