看板に店頭商品、店舗に溢れるハンガーラック。
そしてこの間隔を均等にすると美しい。
油性ペンで書かれた可愛らしいPOP。
女の子文字というのが最も効果的に機能する場所。
マネキンやトルソーに、手書きの値札。
店内に流れる有線放送に、
商品に被せたビニール袋が擦れる音、
陳列商品にシュルッとハンガーを通す衣擦れの音―――。
ここでは様々な洋服の名前を知る。
Tシャツ、ブラウス、チュニック、ワンピース、セーター、
カーディガン、スカート、レギンス、ストレッチパンツ。
ダウンジャケット、ブルゾン、ダッフルコート、
トレンチコート。
小物類もある。ハンドカバーに、マフラー、ハンカチ。
バッグや帽子や、サンダルやスリッパもあるかも知れない。
しかし驚愕すべきことに、
同じようなものに違う名前がついている。
カップルの主に男性が迷い込む迷路であり、地獄の一つであり、
あの手持無沙汰感は形容しがたい、
女性は長電話、長い買い物、長風呂、長トイレだと覚えておくといい。
彼女らは夏休みに浮かれている夢見がちな女の子だ。
今では高級ブランドとして有名なエルメスが、
そもそも馬具工房として創業した、というのは有名な話だ。
でもそんなこと彼女らには一切関係がない。
蘊蓄は嫌い、よく覚えておこう。
アパレル販売バイトだ。
いらっしゃいませーのウグイスを思わせる美しい声、
インスタグラム脳を呼び込むゴキブリホイホイ。
そこには値引き商品や、
隠れた掘り出し物を探すハイエナチャンスする、
女同士の真剣勝負。
メタルギアソリッドする客は大佐である。
お洒落やファッションなど華麗な一面は、
なめてかかったら大火傷する。
放課後一緒にデートする女になるためには修行が必要だ。
教科書は大切なことをまず教えてくれない。
何処で学ぶかといえば、社会だ。
危険いっぱいの地雷原を歩くような、
若い女の眼はこういう場所で養われるのだ。
自分の人生さえ定まらない人間の集まりである歌舞伎町だって、
本能的な場所といえば察しがつくのではないだろう―――か。
彼女の口からガーリーという言葉が飛び出した時、
(プチプラ、ダメージジーンズ、
という呪文詠唱の羞恥など知りもせず、)
僕はファッション雑誌の世界で迷子になるだろう。
なかでも、指折りのこのガーリーという言葉は魔法だ。
(僕は一時期ゆるふわという髪形に随分やられていた、
不動産ポエムと並んで、
ファッション雑誌は間違いなくその前線基地、)
この言葉はファッションビルに一度は行ったことがあり、
ブランド名がすらすら出てきて、
コーディネートをセンスよくアドバイスが出来るを、
体現しているといっても過言ではない。
もう何だったらアパレル販売してるんだよねと言ったら、
魔術師育成学校へ入学しましたみたいなものである。
きわめつけは、コーディネートを見せ合いながら、
違う店で店内のレイアウトや、売れ筋の商品をチェックし、
このようなマーキング行為をした後には、
スタバでコーヒーを飲んでしまう。
家に帰ればもちろんグラノーラだ。
そして間違いなく、第三次世界大戦スタートだ。
会社の上司が、ヒョウ柄の格好をした女を見たと言っていたけれど、
それは迷彩柄で歩いている男と同じ希少種である。
選択ミスや努力不足ゆえの「末路」ではなく「最善」であると信じよう。
服って何だろうといえば、
一万出せばいい服だよねということにはならない。
欲望を天秤にかけた瞬間から、それは服ではなく、物だ。
衣食住の基本における服ってケチる要素の一つでしょという人もいるし、
いい服と安い服のどちらもパッと見、
同じようにしか見えないということもある。
前に普段着にスーツを着こなすみたいなファッションがあったけれど、
正直僕の眼には超ダサく見えた。
着るのならどちらかにしろよ、と思った。
たとえばそれって民族衣装と同じで、
ポイントがわかりづらいんだよと思った。
つまりファッションってアートだと言い換えてしまいたい時もある。
ここまではいいだろう―――か。
衣食住の概念ってアイデンティティなんだ。
服というのはアイデンティティをあらわすもので、
「定番が好きだけど、人と同じ服が着たいわけじゃない」
というややこしいことを言う。
「リラックスした服がいいけど女性らしさが欲しい」
とか、これまたややこしいことを言う。
女性におけるファッションっていうのは様々な思惑なんだ、
彼氏とデートする時、自分のテンションを上げたい時、
余所ゆき顔したい時、そこには服という概念があるのだ。
女性は感情が優位だから、赤ん坊のメッセージを読み取れたりする。
だから泣く。
そしていまの時代、男性もそうらしいのだ。
前に原宿でスナップしたらしいスカートを着た、
ファッショナブルな男がいたけど、
それを性同一性障害なんだろうかという真面目さはいらないし、
性差の揺らぎとかではなく、
もうただ純粋に、こういう格好をしたいと思っていると、
感じればいい。
頭のネジが足りなくてオブラートがないかも知れない。
けれど、探求心というのは時に人の嘘を引き剥がす。
だがそこにも、
「デザイン」と「着心地」と「人気」と「値段」の四要素が、
絶え間なく動いている。
また冷静に「自分に似合う」かというのも参戦しようとし、
それは「どんな場面」でというのも追加条項される。
だがこういう六要素をあわよくば、
三十六色の色えんぴつにしようとする、それがファッションだ。
聞けば聞くほど恐ろしいだろう、
それはバキの肉体限界シミュレーション。
それはインスタグラム脳における株価であり、
FXチャートなのだ。
最も高価なウェディングドレスは約一二億円。
ギネス記録を保持している同衣装は、
ラグジュアリーブランドライフスタイルブライダルショーのために、
作られたもので、一五〇キャラット相当のダイヤモンドがあしらわれた、
非常に豪華なウェディングドレスだ。
スタジオのセットのように白々しい、それ。
インスタグラム脳はあわよくばこういうのを着たいと思う。
そうでなければプラダを着た悪魔を観れない。
ところで日本で一番有名なのは ファーストリテイリング。
“ユニクロ・GU”の方が有名かも知れない。
二位は、しまむら、だ。
世界ではスペインのZARA、スウェーデンのH&Mなどが有名だ。
だが、世界第一位のアパレル小売業は、
米国のTJXカンパニーズだ。
Amazonの世界征服時代、ネットスーパーの時代だ、
きっとどんな店でもコスト削減、低減、スピードアップ、
在庫の最適化。AIカメラによる動態分析、
スタッフ支援ツール、リコメンデーション、
クーポン、VR試着室などが使われるようになっているだろう―――か。
日本人のパーソナルカラーで多い順は
「サマー>スプリング>オータム>ウィンター」といわれ、
日本人の骨格で多い順は、
「ストレート>ナチュラル>ウェーブ」といわれている。
ちなみにユニクロで最も売れているTシャツは、
エアリズムコットンオーバーサイズTシャツで、僕も一枚持ってる。
肌になじむコットンに、“エアリズム”を掛け合わせる。
ただ本当のところ何言っているのかわからないということは、
僕も知っている。でも偽装表示とは違う、誇大表示とも違う、
これは一種のマイナスイオンという偽科学と同じものだ。
それをして、所詮見た目ばっかりの中身のない世の中と思ってはいけない、
違うのだ、もはや世の中に中身なんか一つも残っていない。
バイオハザードのグレネードランチャーが炸裂する時代。
そこにも「パターン」「縫製」「生地(素材)」
「色」「柄やプリント」さらには「作り手」こみこみプランなのだ。
言っておく、アートだってわけわからないことを、
論理的に説明して販売する時代なのだ。
アパレル販売業務はフロアでの接客、
レジ、ストックの整理、品出し、清掃、タグづけなどだ。
「試着しますか」と声がけをし、
「お似合いです」が合言葉となる。
アパレル販売をする動機は、ファッションに興味があるからだろうが、
社割で洋服を安く購入できるからというのも強みだ。
また常に最新のものが来て知識が豊富になる、
逆を言えば、覚えることが沢山あるということだ。
しかしクレームが少なく、変わったお客様も少ない。
別の言い方をすると、何処にでもいるということだ。
どんな職種でもどんな店でも接客業であれば、
色んな客が来るのは避けられない。
そして日曜日の遊園地のような悲しさを感じながら、
右手に風船、左手にソフトクリームを持って、
頭にはもしかしたら猫耳つけているかもしれない客が来る。
それは大体、僕だ。