“記憶”だから―――。
“記憶”だから―――。
―――夢の中で、
宝石をいくつも抱えた、
麦わら帽子をかむる、
黒いラインドレスに、
胸に向日葵のブローチをした少女が、
歳老いてくたびれた犬のような私に言う。
言った拍子に、
するすると包帯がとけて、
少年になっている。
“あなたの人生のデータが、
ここに入っている”
―――とても小さな、
見すぼらしい石を見せながら
私にそう言ってくる。
吊り糸の切れた硝子玉が落ちるように、
すう―――っつ、と頬に水が流れた。
耳を澄ませると、
ウィンドハープの音色が聞こえ、
眼を細めて覗き込むと、
水平線の向こうへ行く船が見える。
私は・・・・・・その言葉に、
―――逆らうことも、
巻き込まれることも、
揺られることもなく、
ただ―――小さな波を、
感じていた・・・・・・。
人生が終わる、
それがこんな細かな雫のような、
小さな水晶の欠片の中に、
影を落としながら澄みかえっている。
“失われた世界が、
また新しく再生して、
いまのあなたの言葉も、
そこに何億年も保存される”
―――サーッと風が吹いた、
私はあの木洩れ日の中で、
草叢の上に寝転がっている。
デイジーチェーンみたいな世界に、
使命感を持って生きた。
―――何不自由なく、育った、
欲しいものも、手に入れた、
けれど人生で何度か、
本当に心の底から、
自分の人生とは一体何だったんだ、
と思うことが―――あった・・・・・・。
勉強して―――努力して、
積み重ねていけばいくほどに、
積み重なっていったのは、
空虚な気持ちであることに気付く、
幻だったのだろう―――か・・・・・・。
少女は瞳を抜き取って、
私の記憶を保存しているという石を、
瞳の中に入れた。
そして抜き取った瞳はもう林檎へと変わって、
私の手に渡された。
瞳にあるそれは金色に光った。
それは―――いつかの黒い森の夕暮れの色、
一幅の絵画とみまほしいぐらいおぼろげな、
心の底に静かな、濃密なインキを充たした、
あの緑陰の盛り上がった色・・。
“いいえ、先生、
幻を追い求める気持ちこそが、
一番美しいのです”
―――花弁を投げよう、
それはいつか種子になる・・・・・・。
私は小さな少女の髪に、
皺ばんだ手でやさしく触れる。
“こんなに小さいのに、
君は淋しくなかったのかい?”
―――真っ暗闇の足下から、
何億年前からいると読んだことのある、
羊歯植物が出てきて、
そこから一冊の本が出てくる。
少女は帽子を外して微笑んだ。
“淋しさを、遠くまで、無限に、
ゆるやかであることを言うのなら・・・・・・”