わたしの部屋で、
彼女と一緒にのんびりCDを聴きながら、漫画を読んでいた。
やっぱりクラシックをかける、ブラームス、ショパン・・。
わたしは、ベートベンやモーツアルトよりも、どちらかといえば、
より翳りの強そうな作曲家を好む。
ベートベンは偏執家で、モーツアルトは耐え難い軽さの生き物。
さっき、一緒に夏休みの宿題をした。
両親は相変わらず、彼女が好きで、
泊まっていったらいいのよ、と言う。
「ねえ、あーちゃん、神奈川県の川崎市の金山神社の、
“かなまら祭り”ってどう思う?」
、、、、
かなまら?
「あ、ティンティンのこと。昔、ティンティンのことを、
まら、と言いました。でっかいマーラ、でっかいマーラ、
とかいいながら巨大なピンクのティンティン神輿でのし歩くの」
「・・・・・・」
「なんか、飴とかもティンティンなんだよね」
悪気がないとは、とても言い難い。
女子高校生つかまえて、かなまら祭りどう思う、だ。
そのくせ、無邪気な顔をして言うわけである。
まあ、本人もそうなのだが―――。
彼女は、何かそういう話題を好んでわたしに言いたがる。
祭りだし、その口ぶりから察するに、
公衆わいせつ罪とかにはなっていないようだ。
でも、裸祭りは聞いていたし、
おっぱい祭りというのも聞いたことがあった。
やっぱり心の何処かでブレーキを掛けていたのだろう。
「そういえば、あーちゃん、
松阪牛って、まつざかぎゅう、じゃなくて、
まつざかうし、が正解みたいだよ」
「・・・・・・」
それは知っている。
でも、どちらでもいいのだ、本当は。
外国人とか、方言の強い人が何とか頑張って、
ジェスチャー混じりにそれを伝えようとする、
―――とても簡単だ、理解できればいいのだ。
「ジェイソンはチェーンソーを使ったことがない、
とかも、あーちゃんなら知ってるかな」
「・・・・・・」
それも、知っている。
けれど、別に知っていて得する場面なんて、
ホラー映画が好きな人と接する時ぐらいだろう。
知ってる、でも語らない、が正解だろう。
薀蓄はいらない、映画を観よう、が、大正解。
「あーちゃんなら、犬や猫に牛乳を与えちゃ駄目だって知ってるよね、
猫は魚が好きじゃない、肉食だっていうことも」
「そうね」
どうして―――と思った。
彼女は多分何かを狙っている、
最初は世間話テイストかと思ったけど、
この薀蓄混じりのやりとりをするにつれて、
思うに何かを狙っている。
そもそも雑学系の知識がわたしにあることぐらい、
彼女が知らないわけはない。
どのタイミングかはわからないが、
そこでテンポを変えてくるはずだ。
「イギリスってさ、
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国だよね」
「鮭は赤身魚ではなく白身魚であることも」
「そうだよ」
「じゃあ、」
口が大きくなって、一瞬止まった。
きた、と思った。
覚悟はしていた―――いや、しているつもりだった。
「鼻―――そう、目、口、鼻の―――、
鼻型の鉛筆削りってあるよね」
「・・・・・・」
、、、、
知らない。
何だそれと思ったら、彼女、笑っていた。
やはり、仕掛けてきたようである。
「事件現場くんっていうのがあるんだけどね、
これ、ペン立てなんだよね、
赤い人形みたいなやつが倒れていて、
心臓あたりに穴があいている、結構リアルなんだよね、
いいよね、そういうの」
「・・・・・・」
、、、、
知らない。
でも、彼女、フェイクアイテム、
あるいはギャグアイテムを語る。
でも、彼女絶対に、そんなことも知らないの、
というフェアじゃない言い方はしないのだ。
彼女、何かをはかりながら、慎重に詰めている。
「マウス―――あの、パソコンのマウスに、
猫の尻尾つけたやつとかもあるんだよ」
「へ、へぇー」
「ミルククラウンの靴とかもあるみたいだよ、
あたし、ネットで見たんだ」
「ミルククラウンっていうと、
あのパチャンの映像だね」
と、彼女、じっとこっちを見ていた。
「ではクイズです、
あーちゃん、バカボンのパパの鼻の下の毛は、
鼻毛でしょうか? それとも髭でしょうか?」
二者択一、
でも鼻毛と見せかけて髭なんだろうなきっと。
だって鼻毛にしか見えないのに鼻毛なんだ、はない。
引っ掛け、なのか。
彼女の狙いは。
(と、何故かエスカレートする推理、)
「髭だよ」
「正解っつ!」
「ありがとう」
「では、きくらげは、
くらげですか?
それともきのこですか?」
え?
「3D眼鏡に見せかけた、双眼鏡ってあるんだよね」
と、彼女が言った。
「それで?」
「きのこだよ」
「それで?」
「それだけですけど」
シラッ、と言うわけである。
まさしく、シラッ、と。
わたしが何かやられたなあとはにかんだら、
「あたしも、あーちゃん業界長いわけだから、
ウィークポイントを探してるんですよね(?)」
「そんな時間の無駄はもうやめていいよ」
「でも、楽しいから」
そうやって、楽しそうに笑うわけだ。
信じられないことにだが、彼女、あの長いやりとりを、
たんに、わたしを笑わせようと、
いや違うな―――はにかんだような顔をさせようと思って、
するわけだ。
大きな笑いを狙ってもわたしは笑わないから、
本当に仕掛けに仕掛けて、細心の注意を払って導く。
クスッと笑った、本当にそれだって、クスッ、だ。
本当にわたし達は何をやっているんだろう、
そう思いながら、夜に紛れていく。
、、、、、、、、 、、、、、、、、、、
友達っていうのは、何か変なものだと思う。
「そろそろ、お風呂入る?」
「二人で?」
「一人でよ」
と言ったら、ガタッとクローゼットから音がして、
かもちゃんと、いずうさちゃんが出てきた。