koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

別にアンタなんかにドキドキなんてしないんだからね(?)

​​​​​​​​​​​​


  
​​​​​​    ●意地世界―――それが、見世物値打。​​​​​​
​​​​​​     同時にそれが粘着性飢餓状態であることを刺激する
     不安、それも仮面。好奇心、それも仮面。​​​​​​

​​     裏切りとは―――つまりそういうもの・・・。​​



きらきら光る黒水晶の水、暗い闇が拡がる池の畔に、
不気味な影が浮かび上がり手招きする。
鼻や額に、蛞蝓のような白い腹が揶揄う。
手足がだらりと重たかった。
髪は強張り、ざらついていた。
咽喉は狂ったように、渇いている。

聞こえなかったはず―――だ。
そうに違いない。
だのに、言葉に暗号のような意味がある感じになって、
頭の中でそれは鳴り響いてきては全身を逆撫でにする。
危うく頭を置き忘れたような―――認識。

「おいでえェェェェ・・・
コッチへエェェェェ
おいでえェェエエエええェェ・・・」


水流がある場所に、石を置く。
そうすると、水流は石を避けて流れて行き、
石の終わりでまた合流する。
それは、その土地の無意識へと続く。

その存在に魅入られた者に、
待ち受ける運命はひとつ―――。



  
 ​​​   ●とてつもなく素敵バスる、​​​
​​      ほらほらえてくるでしょう、天国―――が。​​
​​      といってもあなたの天国とはりませんが・・。​​


俺は谷康介、
夏季研修に参加した時のこと・・。
林間学習とか、サマーキャンプ、
という言い方をしてもいいかも知れない、
三泊四日の旅行だ。
座禅体験をしたり、カヌーを漕いだり、
陶芸をしたりする。
キャンプファイヤーも、する。


  *
  



キャンプファイヤーって人を投げ入れる儀式だったんだよな( ;∀;)」
「もちろんそうだよ( *´艸`)」
「もう既に百億人が死んでるんだよな(*´Д`)」
「死んでる死んでる('ω')ノ」


  *


バスから降りるとそこは自然豊かな土地で、
保養施設のようなものが見えてくる。
先生が点呼確認をしたあとの、
玄関広間で言う。

「今日から、移動教室だが、みんな羽目を外すなよ!」
「はーい・・・!!!」

全然何もわかっていない子供たち、
旅行に怪我は付き物だ。
軽いノリでした遊びが
あんなことを引き起こすなんて―――。


  *




ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・

​​​
  *




初日のビュッフェスタイルの夕食に舌鼓を打った後、
班同士がくっついた部屋割りの八人部屋へ帰る。
割り振られた時間で大浴場に入る、女子を招き入れることを除けば、
就寝は二十一時だが、もちろん、トランプをしたり、ウノをしたりする。
人生ゲームを持ってくるとなると強者だ。
十七畳とか十八畳ぐらい、
壁の隅に床置きタイプのエアコンと、花瓶がある。
テレビや金庫や冷蔵庫はない。

どこで仕入れたのか、
​情報通の長澤が布団の上で胡坐を搔きながら得意げに話しだす。



  
    ​​●るからにぐっすりとれそうな、​​
  ​​     部屋。おやすみなさーい!​​
​​​       そのままずっと目覚めないでゆっくりとる―――。​​​



「実はここさ、出るって有名らしいぞ!」
「マジ?」
「面白そうじゃん」

自然豊かな立地の合宿施設には
色々と怖い噂があるという。
声を潜めると途端湿り気を帯びてくる。
ますます増大し、殺到していく、足跡。
畳みかけるリズムに合わせてそれに仕える奴隷のような足音。
脅かすように続ける―――長澤。

射撃場から深夜銃声がしたり・・・・・・」
もちろん、狩猟者がいないとも限らないわけだ。
田舎と狩猟免許はけして遠い組み合わせではない、


  *






―――・・



  *


裏の焼却炉で着物姿の蒼白い顔をした、
老婆を見た奴もいる・・・・・・」
もちろん、自然豊かということで見逃れされがちだが、
年寄りが住んでいる、俺達は夜中のつもりでも、
彼等には朝のつもりだという場合もある、


  
    ​​​​​​●夜魔法ける、名所、絵葉書になりそうな風景も。​​​​​​
​​​​​​​     眼のように発作的嘔吐感覚、夜。​​​​​​​
​​​​​​​     ―――腋、背筋、背中、脇腹、夜侵蝕する。​​​​​​​


「けど一番ヤバいのは山の貯水池でさ・・、
全身黒づくめの男が出るらしいんだ。
それがえらい不気味で、ここらあたりじゃ、
死神って呼ばれてるらしくてさ、
もう何人も犠牲になってるって・・・・・・」

ごくりと唾を呑み込み、話に聞き入る。
冷静に聞いていれば、
そんなことあるわけがないようにしか聞こえないのだが、
病院にいれば病院の怖い話が突然リアリティを持ち、
山に来ていれば山の怖い話が突然リアリティを持つ。
皮膚が羊羹の表面から、豚皮のように強張り、弛み始める。
また子供というのはそういうのを嘘か本当かまだ判断できない。
だから肝試しをし、身を投げ入れる相も変らぬ反復をする。

「そいつと波長が合っちまうと、
あの世へ連れていかれるんだって・・・・・・]

ばらばらに砕けたイメージが、頭の中で静かに爆発する。
そんなこと本当にあるんだろうかと疑いながら、
、、、、、、、、、、
背のくぼみに溜まる汗。
もしそうだったら見てみたいという気持ちが溢れてくる。
それは酸っぱく腐った雑巾や、
和式便所で大便をする時のような嫌な気持ちを連想させる。

「ガチの呪い―――なのか?」と俺が言い、
「超怖え~」とノリがいい信野がリアクションをする。

  *








悲しんでいるものは―――、へ・・・・・・。
死にかけているものは―――、へ・・・・・・。

  *


ありきたりな話だが、
学生の集団行動のお供には、
床が外れかかってやたらと軋んで穴が空きそうな、
こういう格好のネタで、
その夜はみんなで盛り上がった。
アドレナリンという名の刺激や好奇心が破裂しているのだ。
その破片が意識の表面に散らばっている間だけ、
生きているような感じがする。
もちろんそれは恋話もそうだ。
誰かが告白して付き合ったとかフラれたとかいう話を聞く。
そういうのと縁がない小さな覗き窓の者は不完全燃焼を残す。

その後、何事もなく日程をこなし、
明日には帰宅となった最終日の夜、
空鍋は焼けていたのだ―――。

​  *


  
​​​     ●心期限切れだったはずのものが、​​​
​​​​​      突然空間時間んで接続することがある。​​​​​
​​​      歪んでいる、でもかにそれは有効なのだ。​​​
​​​​​      異常なものは、現実える。​​​​​
​​​​​      過去―――震えるいたなのではないか・・?​​​​​


「なあ、いまから例の池まで、肝試しに行かね?
裏からなら普通に抜けれそうだし―――」

教師の眼を盗むというのは、この手の話で一番有効なことだ。
それに今日を含めた三泊の間に土地勘のようなものが芽生え、
大体一時間もかからずに戻ってこられるという目安もついている。
だから俺が言った。
権力の文化政策
刺のような突起が、小気味のいい想いで突き刺さる。
それは譬えは悪いけれど、
城や、歴史的建築物にいたずら書きをする心理に似ている。
青春を謳歌したいとこっ恥ずかしいことはいわないまでも、
何か思い出になるような馬鹿なことをしたいという気持ち―――。

雨戸の隙間からこぼれる淡い街燈の光が気持ちを盛り上げる。
高台の急斜面を削って建てたような建物が途端に夜の塔に思えてくる。
それは―――内部と外部の調和だ・・・。

「おっ、いいね」と情報通の長澤が一早く参加を表明し、
「行こうぜ!」とノリのいい信野は阿吽の呼吸。

三人か、と不意に視線を走らせてみると、部屋の隅にいる松尾が眼に止まった。
松尾は家が寺ということもあって、霊感が強いといわれている。
もっぱらは茶化している、面白がっているような意味があったが、
松尾の寺でお祓いをしてもらったという話は女子から聞いてた。
女子にわりと人気があるのだ。
妬みではないけれど、そういうのって挑発的な要素を持つ。

「折角だし、松尾も来いよ!
お前霊感あんだろ?」
「・・・僕、行きたくない」

心霊体験をしたことのある人は誰しも好き好んで肝試しなどしたがらない。
チキンとか、臆病者と呼ばれても、松尾はこういう時そういうことを知っていた。
知っていて、無理やり連れていく気満々だった。

「ノリ悪いなあ、行こうぜ!」
「よし出発!」

俺達は嫌がる松尾の肩に手を回し、強引に連れ出した。
松尾は何か言い返そうとしたが、まるで言葉にならないようだった。
時刻は十九時。


  *




 
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・・・・・・​
 
​ア・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・​

 

​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・


  


宵の口だが、
外は既に深い闇に包まれている。
コルクの栓を一気に抜いたような解放感と、

突如襲い掛かる見知らぬ景色に気圧される。

「うわ・・・暗くて不気味だな!」と俺。
「もうビビってんの?」と長澤。
「ムード満点じゃん」と信野。

そういう会話をしているというのに一切喋らない松尾。
非協力的な態度はせめてもの抵抗か。
夜が際限なく広がり続けている、妄想力の時間―――。

射撃場の傍を通り、裏の焼却炉から、
貯水池へ行って戻ってくるルートだ。
押し黙る松尾をガン無視しながら、
軽口を叩きながら進む―――。

だが、射撃場、焼却炉ともに、
特に変わった様子はない。
それともやはりこういうのは丑三つ時とか、
深夜零時などに行くべきなの―――か。

「別に何もねえなぁ・・・」と俺。
「ああ―――まあそんなもんだろ」と情報通の長澤。

何しろ怪談話というのが作り話だということもわかっている。
実話怪談と言いながら、見るからに胡散臭い話が普通に混ざってる。
あと、ネット掲示板の怖い話はやたらと逃げるのが多く、
文章が下手なのでまず読む気にならない。
化け物屋敷を見たいならお化け屋敷に行く方が確実だ。
それはSEOライティング教本と同じだ。

「いや、これからだって」と信野が言う。
「ねえ、やっぱり帰らない?」

ようやく口を開いた松尾の言葉は、情けない逃げ口上だ。
怒りの液を分泌し始め、それはあっという間に毒に変わる。

うっせーな、さっさと歩け、と語気を強くすると松尾はとぼとぼ歩き始める。
こういうのをヤンキー対応という。
木々がおおいかぶさっている獣道になりかけだが、
それでも随分昔に手入れされた形跡がある道のようなところを、
十分ほど進むと、貯水池へ到着する。
しかし考えてみると、猪や蛇なんかいてもおかしくないのだが、
いるのは夜でも鳴いてる蝉と、突然羽ばたく鳥ぐらいだ。
事象の潮が引いて、邪悪な魔法にかけられているように思える。
段々頭の中の本能が危険信号を鳴らしてくるのだ。
それはたんに森の中にいるからなのか、
本当に危険なことがあるのかは判断できない。
バスの窓から吹き込む風みたいに息をはずませ、
靴の裏底がすり減るような音をさせながら俺達は歩いた。
全身を耳にしている。森林が語る。


 
 ​​​​  ●顔凸凹感覚がする、​​​​
​​​​​​​    右空洞、左っているようながする。​​​​​​​
​​​    角ばってきている、撓んできている、夜森。​​​



見届けたい、その向こう側に池がある。
水は波紋していて、何処か遠くで水の音が聞こえる。
質問と答えは大きな声、
あたり一帯の沈黙の中ではいささか突飛な調子で行われる。
しかし愚かさというのは大声で話すことを好む。

「着いたぞ!!!」と俺。
「―――暗くて不気味ではあるけど普通じゃね」と長澤。

お前が言い出したんじゃないかと思ったが、確かに普通だった。
物事をよく見る、悠揚迫らない態度でいればそうだ。

幽霊話はあるにしても、具体的に何をすればいいかもわからな―――い。
水のせいか、あたりが少し寒くなったような気がする。
四、五分ほど池の周囲を歩いてみるが別にこれといって起きない。

「まあ、夕食後の腹ごなしになった―――し、戻ろうか」と信野。
「だな―――戻るか・・・」と俺。

拍子抜けしながら、
来た道を戻ろうとしたその時―――。

「う、うっ、うわあ・・・・・・・」

ひっ、びくっ、痙攣するような震えの気配―――。
松尾の小さな悲鳴が聞こえ、驚いて振り向く。
何かいるのか、と対岸を凍り付いたように見つめる視線を辿ると、

「・・・・・・っ!」







こちらをじっと見つめる黒だらけの男が、
暗闇に浮かび上がっていた。
霊感など生まれてこの方あった試しなど、ない。
金縛りはあったが科学的説明がつく。
だが、いまこの瞬間それが見えるのは松尾が受信機の役割を果たしているのか、
それともハッキリと見えるほどにそれは強力なの―――か。
どちらでもありそうだった。
それは凸レンズ型に強く湾曲しているように見え、
灰色っぽく見えた。
人間の肉体的完成の近寄りがたい妖艶な神秘。
その時、月明かりが射し、陰になっていた
それが顔全体を浮かびあげるとこの世の者とは思えない、
不気味な老人の顔となって現れた。
下腹の辺に溜まった膀胱の気配が強く感じられた。
不意に、じめじめじとじとした、妙な臭いがした。
近づいたら寿命が縮むんじゃないかって、
恐ろしかっ―――た・・。

それはは悪意や狂気、人ならざるものの微妙にズレた笑みを浮かべ、
何か呟いた。すぐに察した、これは緊急事態だ、と。

「やべえ・・・出た・・・!!!」と俺。
「にっ、逃げよう・・・!!!」と信野。
「ああ―――松尾、行くぞ」と長澤。


  *





ドクンドクン・・・・・・。
ドクドンドクンドクン・・・・・・・。
​ドクンド・・・・・・。

​ドクドンドクン​ドクン・・・・・・・。


  *


ハッと我に返り、固まる松尾の腕を掴んで、
俺達は元来た道を走り出した、手入れの悪い斜面を。
視界がよくない、見える範囲内だけでも先程はよかった。
だがいざパニック状態になると、懐中電灯が必要であった。
子供の汚い字のように不規則に曲がりくねっている道。
無我夢中で獣道を下り、何とか戻ってくる頃には肩で息をしていた。
そうやって汗の被膜で包まれていると、
俺達は幽霊が見たいようなことを言いながら、
実はそんなものがないと笑い飛ばしたかっただけのような気がした。
皮肉なものだ、本物が現れると印象の華やぎは完全に消えていた。

意気消沈しながら俺達は灯りのついた一階ロビーに心底安堵する。
そこにいたクラスメートが俺達を見て驚く。

ハアハア―――と、息をしている。
次第にうねりを増し、複雑に変化していく恐怖。
逃げ切れたのだろう―――か。
安心してもよいのだろう―――か。

「なあ、お前等、真っ青だぞ? 大丈夫か?」
「でっ、出たんだ・・・」

信野が声を絞り出すように、
それだけ言うと途端、みんなの顔色が変わる。
ソファーに座る俺達。
膝の上で手が落ち着きなく握ったり開いたりしている。
小刻みに震える唇、不安げにしばたたく目。
まるで恐怖という病原菌・・・・・・。

「何があったんだ?」とクラスメートは聞く
「貯水池で・・黒い服の男がいてさ―――」と俺。
「そうなんだそうなんだ―――松尾が最初に気付いてさ、
池の反対側から、俺達をジーッと見て・・・」と長澤。
「てっ、手招きし出したんだよ、こっちに向かって!」と信野。
少しずつ落ち着きを取り戻し、
それでも興奮気味に答えていると―――。

周りの奴らを押しのけるように、
松尾が近付いてきた―――。

「谷君、長澤君、信野君、
もう一回行こう―――よ」

不意をつかれて、熱湯をかけられた蚯蚓のように居竦んだ。
気持ち悪い、トロンとした硝子玉のような眼をして、
俺達をじっと見つめている。焦点が合っていないような眼だ。
おかしかった、松尾はそんな風ではない。
またそんなことを言うような奴じゃない。

「もう一回行こう―――よ」

ゆっくりと―――進んでくる。

「六人連れてかなきゃ駄目なんだ、
他の子も行こう―――よ。
ねえ、みんなもう一回行こう―――よ」

ロビーにいる、全員が固まった。
二の句をつげない、

圧し殺した低い呻き声がとぎれとぎれに続く。
みんな、松尾にビビっていた。
だがみんなの反応など意に介さず、
蒼白い顔で繰り返す松尾。

「早く行こうよ・・・」

松尾がグッと俺の腕を掴む、おそろしくひんやりとしていた。
湿った下着を意識の隅に感じながら、

バッと振り払う。

「だっ、誰が行くかよっ!!!」と俺。
「ふざけんな、頭おかしいのか!!!」と長澤
「殴るぞ、冗談はいい加減にしろ!!!」と信野。

虚勢を張り、大声で威嚇するが松尾には通用しない。
手ごたえというのがまるでないのだ。
力関係というのがある。
けれどいまの松尾は違った、鬼気迫る迫力があった。
そしてそれはひとりでに宙に浮かんだ梯子のようなものだった。


気が付くとクラスメートは遠巻きになり、
普通ではない様子の松尾が恐ろしくなり、
勝手に言ってろよと言いながら逃げ出すが―――。

「追って来んぞ、アイツ」と震えた声で言う、長澤。
「アイツ、絶対ヤバいよ、憑依されたんじゃないのか!
なんか、めっちゃ気持ち悪い・・・」と俺。
「ねえ、谷君、長澤君、信野君、
もう一回行こう―――よ」

クラスメートに心底恐怖を感じた。
あんなものを見た後でもう一度見たいとか、
わけのわからないことを言う松尾はもう悪魔の化身だった。
全身の毛穴が一斉に口を開いてだらりと舌を出しているようだった。

身体中に蛆が湧いているようにさえ思えた。
人間であって人間ではないものの恐怖が襲った。
リフレインのように耳の底に粘りつく言葉に背筋が寒くなる。
そしてそれは三人ともがみんな感じていた。

「とりあえず逃げるしかねえ!!!」
「早くこっちだ!!!」

無表情な蒼白い顔で松尾が追いかけてくる。
毒の説得力。

それがどうしてこんなに―――こんなに、怖いのか・・。
全速力で松尾を撒き、一階のロビーにいた別の班に匿ってもらう、
そしてその部屋の押し入れの中へ隠れた。
そうでもしなければ絶対に鉢合わせする、見つかると思ったのだ。

「ここなら見つからねえ・・・・・・」

信野の言葉に肯き、息を殺していると―――。
​突然押し入れの襖がスーッと開い―――た・・。
何の前触れもなかっ―――た。​

何の前触れもなかっ―――た。​
爬虫類のような笑みを浮かべている松尾だった。
三半規管が弱っているのか、眩暈がした。
たちまち休む間もなく考えるひまもなくやりとりされる。

それがどうしてこんなに―――こんなに、怖いのか・・。

「ねえ、谷君、長澤君、信野君、
もう一回行こう―――よ」

地面から手が出てきて足を掴まれたような嫌な感じがした。
逃亡の誘惑に充ちた細胞たちが活発に活動し始める。

「うわああああ!!!」
「来るなああああああああ!!!」

押し入れから四つん這いで転がり出て、必死に松尾から逃れ、
今度はトイレの個室に隠れる。
あまり衛生的ではない気もしたが、咄嗟に、そこ以外、思いつかなかった。
外に出たら思う壺だという気がした。
タイルの床を見ながら、心細い気持ちになる。
ホラーに出てくる化け物に追われるキャラクターの気持ちが、
ひしひしと伝わってきた。
およそ正気ではない俺は、

ラバーカップで松尾の頭をぶっ叩きたいような気さえした。

「ここならひとまず見つかんないだろ・・・・・・」
「ああ・・・それにしても、どうしようか」

先生に相談するしかないか、
場合によっては今回の一件で叱られるかも知れないが、
と言おうとした時、
個室の上から覗き込むように松尾の声が降りてきた。
逃げ場所など何処にもないような気がした。
動物の追跡本能にも似た、矛盾した方角の切れ端をつなぐもの。


「ねえ、谷君、長澤君、信野君、
もう一回行こう―――よ」

  *


​​おい」とか「ねぇ」とか呼びかけられ―――て、​​
​​しまいにはもう、にそのかがいるような・・・・・・。​​


  *




ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・
ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・ト・・・・・・・



  *


それから色んなところに隠れた。
使われていない部屋、女子トイレ、
階段横の従業員の部屋―――。

だが、ものの数分後にはやっぱり、
松尾の声が聞こえてきた。
おかしいだろ―――なあ、おかしいだろって、
信野がヒスを起こした。
ねばねばした納豆やおくらのような、

ねばねばした生物の卵のよう―――な嫌な感じが溢れた。
何故見つかるのかのトリックがわからない。
誰かが告げ口しているような気もする。
監視カメラで始終観察されているような気がする。
しまいにはもう、スッスッと歩く足音にさえ、
アレルギーのような拒絶反応が出てきた。
盛りあがってはみだす内臓のような、

パニックに陥りながら俺達は部屋へ戻った。
廊下はひっそりと空漠の内側へ導く。


「お前等、なんかお守り持ってねえ?」
「あっ、ある!!!」
「俺も・・・!!!」

俺達は藁にも縋る想いでリュックにつけていたお守りを、
引きちぎり手に持った。

「悪乗りしてすみません・・・、
許してください、どうか助けてください―――」

恥も外聞もなく一心に祈った・・。
場合によっては高校受験より、
テストの成績が上がると最新ゲームを買ってくれるという約束より、
必死で祈った。これからずっとこんなことをしませんからとさえ言った。
廊下から声が聞こえてきた

「谷君―――長澤君―――信野君―――」

吐き気を感じた。
それでも声をあげずに、眼を瞑り、祈った。
頼れるものはそれしかないと、祈った。

「・・・・・・もう一回行こう―――よ」

、、、、
ぺたぺた・・・。
俺達を探す松尾の声が聞こえたが、
足音は部屋の前を通り過ぎ遠ざかっていった。
お守りの御利益なのか、それとも祈りの効果なのか、
あるいは松尾自身に天才的な閃きに翳りが見えたのか、
何とか逃げおおせたのだが、
その日の深夜二時過ぎ―――。


  *



 
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・・・・・・・ト・・・・・・・​
​ア・・・・・・・・・・・​
 
​ア・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・・​
​コ・・・・・・・・・・・・・​

 

​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・​
​ア・・・・・・ン・・・・・・ナ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・・・


  

「お前等、全員揃ってるか!」

いきなり先生たちが各部屋に押しいってきて、灯りをつけて、
生徒の顔を見ながら、点呼を取り出した。
後から聞いた話だと、
様子のおかしかった松尾が外へ出ていくのを目撃し、
​先生達が探し回っているらしい。
、、、、、、、、
宇宙船と人工衛星


人は急にいなくなることはある―――が、
だからといって学校行事中に人が消えることがあっていいわけがない。
普段から温厚な優等生だったからあっという間に肝試しのことは露見した。
だが、大っぴらに叱るということはなかった。
これには正直驚いた。
教師たちも、そういうことは毎年少なからずあることだと承知していた。
場合によっては教師が生徒を連れて肝試しをすることもあったらしい。
それは見慣れた陳腐さの一つだ。
最低この高校における、夏季研修とはそういうものだった。
そういう具合だから就寝時間の真夜中に抜け出して肝試しをしていたならともかく、
あるいは松尾を俺達が何処かへ置き去りにしたならともかくということだった。
また、就寝時間までは外出する生徒も一定数いた。
反省文を書かせるほどでもない。
それに、叱ろうにも、松尾がいなければ話にならない。
といって俺達は叱られなかったことを喜ぶような気にもなれなかった。
こんなことなら早く、先生に相談すればいいと思った。

だが、結局朝まで松尾は見つからなかったのだが、
朝になると部屋で寝ているのを発見された―――。

「松尾、いつ戻った?」
「えっ・・・? あの僕・・・」

松尾は貯水池に行って以降の記憶が一切なく、
俺達の誰一人としても、
松尾がいつ戻ったか知らなかっ―――た。
俺達は松尾に謝った。今更遅いという気はしたけど、謝った。
松尾は笑って許してくれたが、少年らしい反省の時間は続いたし、
昨日のトラウマという名のしこりは、やはり残った。
結局俺達は無事、何事もなく帰宅できたのだが、
その数日後、情報通の長澤から連絡が来た。

「松尾の親戚が五人、次々に事故や病気で入院した。
で、今日親父さんが自動車事故で亡くなったって―――」
「えっ・・・・・・」

、、、、、、、、、、
六人連れて行かないと・・・。
あの時、確かにそう言っていた。
いまアナログ・レコードのような、
新たなエラーや新たなズレが加わる。
すぐそこにチラついているものが追加される。

あれは七人ミサキのことじゃないか、と思った。
七人集まって行動する亡霊のことだが、
それは定員制で、常に入れ替わってゆくという。
六人ということは―――。
松尾の言葉が甦る。

俺達が肝試しなどしなければ・・・。
自責の念に駆られ、松尾に連絡すると―――。

「ありがとう、よかったら一緒に見送ってあげて・・・」

松尾は電話越しにも落胆しているような、生命力の薄い声で、言った。
嫌なことが立て続けに起きて、父親が亡くなれば気も滅入る。
元々母親がいなかったし、兄弟もいない、今後は親戚などの助力を得ながら、
寺を盛り立てていかなくてはいけない。
だがその親戚も、松尾の力になってくれるかはそれだとわからないの―――だ。
混乱と虚脱のなかにあって、
つぎつぎに生彩ある問題を提起し検討してゆく人物。
それは俺達の誰にもなれなかったし、教師でもないだろう。
孤立無援という四字熟語が思い出された。

「わかった、みんなで参列するよ」

気味悪いので、本音では誰も行きたくなかったが、
あの夜を過ごした四人のうちの誰か一人でも行けないと言ったら、
他の誰かから猛烈な批判を受けるだろう。
みんな本心からそう感じていた。
だって一番行きたくなかった松尾の家で不幸が起きている。
因果関係はわからなくとも、そういう風にしか見えない。
とても断ることは出来なかった。
逃れ去ろうとするものが窒息を生むと知りながら、
それが子供ながらに分かる、義務感とか、誠意というものだった。


  *


そして通夜が行われ、松尾は遺影を持って式の間中、
ずっと俯いていた。
それは鳴きつかれた食用蛙を連想させた。
視界を狭める。

喪主の最後の挨拶をしようと顔をあげた時・・・・・。

「・・・っ!!!」

それは松尾ではなく、あの夜の黒い装束の老人の顔が、
俺達を見てニヤリと笑った。
身から出た錆を身につけた魔力。
見間違いかとも思った。
だが、そこにいた三人ともがそうに違いないと認めた。
ピンと緊張した極から極へまっしぐらに突き進んだ。
見間違いということは絶対に言えなかっ―――た。
旧弊で煩瑣なものはそこに残り続けてい―――た。


  *





  *


ところで通夜の時に長澤から聞かされた。

入院していた松尾水の親戚、五人中四人は何とか、
一命をとりとめ、快方に向かっている―――らしい。
心臓がビクンと跳ね上がるのを感じ―――た。
七人ミサキのことは正直、長澤にも信野にも話していなかった。
いたずらにこんなことを言ったら、喧嘩になる。
本当なら何も言わず、口を噤むべきなのだろう。
だが、打ち明けるべきかどうかを正直迷っている。

だって連れていかれたの―――は、
松尾の親父と親戚一人・・・。
つまり二人だ。
なら、あと四人は誰だ?
声にならない叫び。
否、絶叫する沈黙。

無意識の内の妙なこだわり。
夢や狂気にまで滲透してゆく心理の翳り。
ぐるぐる考えつづけていると、何だかのぼせ気味になる。
俺達はこれから生きていけるのだろう―――か。
それとも、もう既に片足を棺桶に突っ込んでいるのだろう―――か。
あの日から、原因不明の高熱とかで松尾は休んでいる。
体調を崩した、信野も休んでいる。
お見舞いに行ったとLINEをくれた長澤も、休んだ。
眼は突張って唇は乾いている、
息をするのもひだるいような、このふらふらの空間・・・。
俺は眠るのが怖くて、怖く―――て、仕方がない。


  *





ドクンドクン・・・・・・。
ドクドンドクンドクン・・・・・・・。
​ドクンド・・・・・・。

​ドクドンドクン​ドクン・・・・・・・。

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