つまらない大人になったんじゃないかって、
ふっと洩らしてみたら、
毎日の繰り返しは本当に意味のないものになるけど、
精神分析なんて大それたものじゃなくてもいい、
折れた釘でも、砂を噛むようないまのこの気持ちを、
確かめようって一人の部屋で考えた。
家具や電気製品に囲まれて、
水道やガスや電気はこの文明の力だ、
その恩恵にあずかりながら僕等は生きている。
生活保護もある、
年金だっていざとなったら保険にもなる、
借金だって自己破産できるよ、
生きるためにはもっとお金は少なくてもいいけれど、
よりよく生きるのは本能だから。
仕事して、結婚して、人付き合いもこなして、
趣味もあって、それなりに納得できる人生があるはず、
積み重ねていけば不平不満があっても一定の満足値に達してるはず、
だのに、好きな食べ物はって聞かれて実は困るんだ、
カレーライスって答えるのも何か変な気がするんだけど、
わかるかなあ。
時折世界の終わりのような、
サスペンスドラマの断崖絶壁のシーンみたいな心境で、
ありのままの現実を語ってしまいたい気がする、
群れや縄張り、嘘やプライド、
そんなことばっかり考えていると嫌になるさ、
本当に何かちゃんとしたことをしたいって、
そう考えるような一瞬がどこからともなく現れんのさ。
物語の登場人物には、
ドラマツルギーがあって目標が設定されてる。
接着剤的なゲームのコマンドや、選択肢は、
生きてる自分を俯瞰でもしなきゃ見えてこないけれど、
わかることで百人の村に入ってゆく、
僕はせめてJポップの一曲が終わるぐらいまでの集中力で、
したいことの一つや二つぐらい考えている。
いや、珈琲の粉末をコップにさらさら落としてお湯いれて、
それを飲み終わるまではちゃんと考えていよう。
地位や名誉やお金じゃない、
それはわかっている、
わかっているけれど分かり易いんだろうなって思う。
みんなが憧れるような職業で、
沢山の人に必要とされるスーパーマン。
遣り甲斐や、生きてる意味まで欲しがる才能や、愛。
貯金残高の心配もしたくない、
そうすればきっと幸せだって信じたいんだ。
大きな家に犬飼って、高いスーツを着て、
インスタグラムに投稿すれば、
嫌なことを全部忘れられるんだ。
聞く側の心理でいくらでも変わるようなことを、
いくら話しても意味はない。
でもそういう刹那的なことが、
一定数の大人の現実なんだ。
生きる現実と、生きるための現実が、
わけのわからぬ過去と未来に挟まれてるような気がする、
そう思うと一寸先は闇だ、
履歴書数行のような人生、
日時計の文字盤みたいに消えてしまいそうなアクション、
そんなんじゃないって思ったから、
こんなんじゃないって言ってみた、
何が出来るんだろう、どうせロクなことは出来ない、
人生は結局昨日までの自分との戦いだ、
どんなに抗っても連続的に展開されてゆく自分の結果だ。
神とか奇跡とか音程が狂いそうなことは嫌いだし、
どんな性転換手術をしようっていうのか、
誰にでもいいことや悪いことがある、
一番面倒くさいことは一番わからないことだ、
運命や運勢、それは眼の中のゴミのように目立つ、
心に触れるものも危険だ、
納得のいかないことにもそういう要素は隠れている。
人間が駄目だ、世界が駄目だ、
経済が駄目だ、社会が駄目だ、
本当だろう、
そうだと言い切れる要素があるんだろう、
でもそんなの今に始まったことじゃない、
僕等はずっとそうだった、
石器時代だって未来の年号になったって、
そんなの何かが変わるわけじゃない。
愛が劇的に変わるようなことがあったら、
そしてそれが僕の仕事の一部だって言うのなら、
受信機の振動版をこすれるさ、
世界中でその一日を奇跡と称した祝日にでも出来るさ、
けれど僕等に出来るのはテクノロジーの錯覚さ、
本当はそんなの必要ないけれど欲しがる。
それが愛だってみんな思っているのさ、
それが愛だってみんな信じたいのさ。
自動販売機でジュースでも買おうって、
部屋から抜け出して、
ぐるりと三百六十度見回してみる、
限られた風景の中の限られた経験の限られた自分の世界が、
そこに見えるはずだろう、
どうせ何にも特別なものなんてありゃしもしない、
電車がこっち側からあっち側へ行くようには進まない、
でも無数の扉が開くのを同時に見ているような、
不思議な興奮を感じていた、
人生ってこんなもんなんだなって思えたら笑えてきた、
僕はただ導火線の火に近づいていき、
人生最後の戦いというのに身を投じようと考えていた。
つまらない大人になったんじゃないかって、
ふっと洩らしてみたら、
いや忘却するな、不幸を否定するな幸福と嘯くな、
僕等の天敵は人間であり、
僕等がどんな結果を得られない時も人間である、
誰かが悪いと言っていればそれで解決できてしまう、
それもまた一つの正しい答えだからだ、
でも納得のいかぬ興奮、抑えきれない興奮があるなら、
僕等はもう一度考えてみなければならないのだろう、
人生の夜明け前、
とりあえず一歩でも先に進みたい、
こんな場所より少しはましなところへ抜け出したい。
あれこんなこと前にも言ったような気がするな、
絶対言った、間違いなく言った、
それでやっぱり、夜だった気がする、
星や、うらぶれた街燈ぐらいしか見えなかった、
それでも錆びたブランコを揺すってみる、
けれどもきっと自然らしく振舞おうとする事自体が、
小細工だったり嘘だったりするんだろうっていう気がした、
急激な感情の変化を伴わないものを求めながら、
そうするとやっぱりこうじゃないんだろうなって引き戻される、
何かを変えることが難しいんじゃない、
当たり前のこと、今日という一日の動かない表情が、
百年間続くべきことだからなんだろう、
風を受けた水面のような一瞬に張り付いた落葉だ、
孤独や幻、空虚な人生の理想を垣間見る優雅な夜が、
印象を剥落させながら、油膜のような景色を連れて、
滑り始める、すうっと流れ始める―――。