涙
目と目のあいだがはなれている。
洟水がシャワーのようにでている。
車を駐車場から走り出させる。
そのとき・・・・・・そのとき!
犬が片脚をあげて小便をしはじめた。
車から出て、
2、3歩あるきだす。
「走れっ」
と叫んだ。
走った。おしっこを漏らしながら、
むじゃきな心で、
おいおい、ばか犬め、
影を忘れていっちまいやがった。
犬の影はあいもかわらず片脚をあげて、
うごく影の小便の放出をつづけ、
その軌道はあまりにも可愛らしい。
黴が生えてきそうな歩調で、
俺はじりじりと寄っていき、
犬をつかまえる。
「走れっ!」
くうんきゅる、と鳴いたのだろうか。
がぶっと首筋をかまれ、
いきおいよく倒れかかる。
犬の影が馬乗りになっている。
小便が顔にかかる。
濡れるわけではない、
しかしのどにはたしかに吸い込まれる、
女のパンティーを脱がすように、
すこしずつそれは下がっていく、
咽喉から胸へ、
そして胃のなかへと、
おしっこは流れ込んでいく。
「ワウオーン!」
それはさっきの犬だ。ひらめ顔の犬だ。
俺はのろのろとした動作で、
両手で顔を洗い始める。
そして爪を立てながら、
これからまたあの犬が繰返すだろうこと、
片脚だちのまま、
俺の顔にするだろうことを思い描く。
ひょうきんな顔だ ! ひらめ顔だ !
そして俺は白い歯を見せた。
それが精一杯の男の姿だ。
「走れっ!」
*
林檎とみかづき
渡津海の水沫に泛ぶ皓き禽、
シィ・・・・・・カチャツ・・・・・・
寒々としも走りゆき遐く山の端を過ぎ去りて、
夕暮どき。
汝星群≪ほしむら≫のうちに、
肆まゝに消えゆかぬながれ星。
あ・・・・・・あの、人、
ジツとこつちを見てるわ、あ、あの、人、
ジツと、ジツトリと・・・・・・
―――わが胸に砂浜≪さひん≫を洗ふ細波、
閃く、また晃やく、
さに櫂の音、水面≪みのも≫ひゞきくる、
昼も夜もをやみなく。
渡津海の水沫に泛ぶ皓き禽、
シィ・・・・・・カチャツ・・・・・・
風が吹ゐてゐる、
ゐや、吹いてゐるやふだ、
村のはずれの磯浜の網、然らば微光みなぎり紫に反映ゆる、
安息のしらゆきの浜、
漁物売り捌く者もなからん!魚籠もなからん!
さに光りさゞめく砂原の、
水際にたゝずむ、
闇に溶けしはるかにながきくろき髪。
あ・・・・・・あの、人、
攀じ登るわ・・・・・・打ち克たふとするわ、
あ・・・・・・ああ、責苦、
愛慾の昂奮とゐふのかしら、この顫なき、あゝこの紅潮、
掌を強く打つ脈搏とゐふのかしら、
ジツとこつちを見てるわ、あ、あゝ、
苛立つ潮の流れ、形なき姿なき棘、あゝ、
林檎の眼!林檎の眼!林檎の眼!
あゝ・・・・・・あ、あたし・・・・・・決めたわ、決めたわ、
あの、人の空は青、
たとへたとへそれが井戸のやふな謎であらふとも、
すべてのものはまぶしくかゞやかしかつた、
―――三日月がいちばん嬉しい絆のやふに海に堕ちてゐる、
あゝされは水底のとりわけふかきやるせなの石の音。
恋のうまさたのしさを、鎮めるがよゐ、沈めるがよゐ、
ビュッ・・・・・・ポチャン・・・・・・
あゝ消ゑも入りなん心の奥に、
あゝ虔ましき祈?≪いのり≫の如くに。
*
抱き締めて、シンドバット!
諦めることすら忘れちゃって
(あだ ぶかだぶら)
じゃなくて
(魔法のじゅうたん !)
でもなくて
壹阡壹夜譚の世界は四六時中つづく
(沙漠にはっ 星 があって
池には(像?) 杖がある
洋燈の精 黄金の椅子
そして冒険時代の戦利品た ち
(ふと シンドバッド あなたは微笑む
めまいするような陽射しのなか
気持ちを昂ぶらせながら
掻き消されていったと思う
(あだ ぶかだぶら)
も 風に揺られて挨拶 したの
(蠍があなたの足に !)
でもシンドバッドは
死など怖ろしいものかと
腕にのせてわたしをドキドキさせる
名人なのね(心の?) とうめいな
カメレオンは こんな時
夜見の国のふしぎな世界を
めぐってゆく ! だれもいち度は
(あだ ぶかだぶら)
夢見たものだ
(アラビア ン ナイ)
シンドバッドの立ち居振る舞いに
恋をして 胸おどらせて
いつか(たとえば?)
そうたとえばこんな夢のな か
(あだ ぶかだぶら)
あおい翼のゆめを見る