koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

かもちゃん、つまらなさについて語れば

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かもちゃんが公園で砂場で寝転がっていた。
子供たちが、ゆさゆさ、すると、顔を向けてきて言った。

「かもちゃん、今日は一日つまんないことをするダロ。
つまんないことは人生哲学の一つダロ。
面白いこと、刺激的なこと、世の中にとって価値のあること、
それらを手に入れるには努力が必要で、ノウハウもいるダロ。
みんなそれが正しいとわかっているダロ、
でもそれをしないダロ、ということは、
つまらないことには別の面白い要素があるのではないかと思ったのダロ」

、、、、、、、、、
かもちゃんは面白い。
つまらない人は、ありえないほどつまらないだけだ、とは言わない。
切って捨てればそこで終わる。
そしておそらく、かもちゃんは最初から面白くて、人気者なのだ。
きっとそこにおけるかもちゃんの感性では、
本当のつまらなさとか、退屈さというのが理解できない。

何故なら、本当のつまらなさというのは、
浅墓で、表面上なものが多い。お笑いなんて時間の無駄だ。
バラエティ番組を見ても何の為にもならない。
一番正しいものだけを真っ直ぐに目指すことに挫折した脱落者が、
多くの人なのだ。
難しいことは面倒くさく、そもそも自分には関係のないものなのだ。
それはルサンチマンである。
それは人間の成熟度が低いということに他ならなかった。

かもちゃんのやっているつまらなさというのは、
きっと、そこに新しい面白さを見出してしまうので、
それはきっと、つまらなさではないのだという気がした。
などと考えていると、いずうさがやって来て、

「あーまじつまらんわー、生きているのがつまらんわー」
とか言っていた。
その表情もにこにこしながら言っていた。絶対ネタだった。
つまらなさというのは、楽しいものなのだ。

「しかし、かもちゃん、つまらなさというのは奥が深いもの。
やはりネットサーフィン、YouTube動画漬けなどインドアに徹した方が、
つまらなさは高まるんじゃないか」といずうさが言った。

彼等における、つまらなさは、高めなくてはいけないようだった。
おそらく、つまらなさを高めようというのは驚天動地の発想だ。
かもちゃんがむくっと起き上がり、

「マジダリーダロ」とか言ったあと、
おもむろにズボッと砂場へくちばしを突き刺した。
「ねむてー」
とか、言っていた。
普通に面白かった。
そのあと、かもちゃんがいずうさに答えた。
つまらなさというのは、すぐには答えてはいけない作法なのだ。
つまらなさに作法があるとかもちゃんは信じていた。

「いやしかし、つまらなさとは他人に知らしめなければいけないダロ、
何故なら、つまらなさの範囲が個人でとどまる場合、
それは、ワンつまらなさ、に収まるダロ」

ワンつまらなさ、トゥーつまらなさ、
というように、どうも数値化していくようだった。
あるいはそれは段階を追っていくピラミッド型のようだった。
基本的にかもちゃんは面倒くさがりではなく、
何でもかんでも楽しんでするので不思議な面白さがそこにあった。
世の中の物の見方が百八十度変わるような説を提唱していた。

「つまらなさが究極に達した場合、
何となく思ったことが既につまらないダロ。
生きていてごめんなさいと自然に言いたくなること請け合いダロ、
説明してはいけないダロ、専門語や一般論など不要ダロ、
論理や道徳などいらないダロ、大切なのはいかに軽く、うすっぺらく、
何を言いたいのか要領を得ず、無能さを語り、馬鹿であり、
長期的展望が一切なく、いたずらにすぎる時間を嘆くものダロ。
つまらなさというのは、奥が深い、
一朝一夕ではなれないものと心得るダロ」

聞きようによっては滅茶苦茶な悪口だったが、
かもちゃんは、真剣だった。真剣であるので、きらきらしていた。
真剣につまらないことを探求しようとしていた。
市長さんや魚屋のおじさんが来ていて、かもちゃんの説を拝聴していた。

「マイナスのオーラをまとって、テンションを低く、
言葉を少なくするダロ。面白いというのは許せないことダロ、
あと、反省をしない、成長をしない、嫉妬をするというのも、
ポイントが高いダロ」
と、かもちゃんは、いずうさにアドバイスしていた。
それはどう考えても駄目人間としか思えなかったが、
かもちゃんはそうは思わないようだった。
なるほど、とさらにいずうさは脱力した。へろへろ、だった。
周囲から見ると、不思議な面白さがそこにあった。

「人間というのは何故こうまでつまらなさを探求するのか、
何でパチンコをああまでやりたがるのか、
ギャンブルが最後に負けるなんていうのはわかりきっていることダロ、
人をいじめる、つまらないことをすればつまらないことが返って来る、
こんなの誰がどう考えてもわかりきっていることダロ、
復讐したい、犯罪をする、どう考えても底辺ダロ、
生きている資格がないダロ、
でもかもちゃんは、雷鳴に打たれたように真理に達したダロ、
簡単なことだ、それが道というものダロ!」
ズカーンと響いた。
絶対にそれは違うと思われたが、いずうさは、
それに非常に感銘を受けたようだった。
市長さんも驚いていた。
絶対に間違っている気がしたが、かもちゃんが好きな市長さんは、
すっかりこの説に魅了されていた。
魚屋のおじさんはそれほどまでではないが、話半分で聞いていて、
そういう考え方もあるなという方向に変換していた。

「なろう小説を読みながら下手糞と言ってはいけないダロ、
あれは下手糞に書くことで同一の磁場を作り出そうとする手法ダロ、
実はみんな一割の実力しか出していないダロ、
本当はみんなマサチューセッツ工科大学行けるほどの実力者揃いダロ」
「マジか」といずうさは驚いた。
「かもちゃんは小説作法を知らないけどどうやったって、
あんなに下手糞に書けないダロ。
そこにはもう特別な才能があるように感じられたダロ、
お手本なんかいくらでもあるダロ、小説ツールもあるダロ、
ノウハウ本も沢山あるダロ、なのにそういう書き方をするダロ、
ただものではないダロ。もはや慧眼といってもいいダロ。
描写らしい描写もせず、表現もイマイチ、ストーリーも適当、
あんなのを大真面目に書いているわけないダロ、
あれは実力を隠しているからに他ならないダロ」
「―――擬態・・・」と、いずうさが言った。
「そう、人間というのは恐ろしいダロ、出る釘打たれるのを知って、
実力の一割で社会をマーケティングしているのダロ、
尻切れトンボで終わるのもハードルを下げる役割を担っているダロ、
世界が少しでも息苦しくないようにするという慈善活動ダロ」

絶対に違う。
それは絶対に違うという気がしたが、
かもちゃんの舌鋒はとどまるところを知らなかった。

「ちなみに、現代詩が下手糞なのもそういう理由ダロ。
かもちゃんも長い間どうしてあんなに下手糞なのか全然わからなかったダロ、
毎日書くこともせず、適当な文章を書き続けるのかわからなかったダロ、
何で目標が賞とか、本を出すことなのかもわからなかったダロ。
賞をとっても詩人たちの仕事にはまずならないダロ、
賞金額も微々たるものダロ、
本を出しても何の意味もないダロ。
かもちゃんはその理由が一ミリもわからなかったダロ。
仕事がしんどいとか、二足のわらじとかいう人もいるけど、
とある詩人は睡眠三時間でやっていたダロ、言い訳はきかないダロ、
それに仕事をしていても詩を書く時間は取れるダロ、
言い訳の方が文章より長くなっているようなのが現代詩人ダロ、
ありえないほど下手糞ダロ、論理的に考えれば絶対にそうならないダロ、
とても人様に見せられるレベルではないダロ、
出版社も何を考えているのかわからないダロ、
あろうことかそれを本にして読ませようという剛腕もいるダロ、
けれど、それはフェイクダロ」
「・・・・・・ということは―――」といずうさが言った。
「あれはきっと、意図的に、ハードルを下げ、努力をせず、
いいものを作ろうとしないことで、他人に馬鹿にされ、
自らの心を清らかにしていく手法なのダロ。
名付けてケンジ・ミヤザワ手法。
かもちゃんはそれに気付いた瞬間、社会ってすげーと思ったダロ」
「・・・・・・すげー」いずうさも同調した。
「実はあやつらは、FBIやスパイで成功をおさめられるほどの、
実力者揃いダロ」
「マジか」といずうさは驚いた。

それは絶対に違うという気がしたが、
かもちゃんといずうさはそれを信じていた。
つまらなさには、そういうカモフラージュがあると頑なに信じていた。
そこにおけるつまらなさは、高い能力者であることを説明していた。
そしてつまらなさとは、人生の処世術入門みたいなところがあった。

「世の中はあんまりわかっていないことあるダロ、
仕事が終電までかかるのはブラック企業だからではないダロ、
能力以上のものを引き出すための修行手段なのダロ。
何故なら多くの人は、普通の会社で働く。その方法はいくらでもあるダロ。
普通に考えればわかるダロ、暴言を受けたら次から録音、
不当な残業に対しては資料揃えて裁判。
でもそうしないのは、やはりまったく別の可能性があるダロ。
つまり、つまらなさが一種の人生成功とかかわっていることを、
見抜いているからに他ならないダロ。
本能的に死にたがっている人達ともいえるダロ、特攻隊ダロ、
神風ダロ、それはいわば、スーパーサイヤ人みたいなものダロ」
「ある日・・・・・・爆発する―――」
「そうダロ、ああやって世の中をよりよくする戦略なのダロ。
かもちゃんはそれを知った瞬間に、自分の浅墓さを嘆いたダロ、
つまらなさとは奥が深いものなのダロ、
世の中ってまじですげー、神すげー、
ごろごろのたうちまわって、猫と子狐と子狸と一緒に、
転がり続けてしまったダロ。
世の中の多く人がつまらないのも、
実は東大や京大へ行けるほどの能力者揃いだからなのダロ。
みんな、人生をつまらなくすることで、生き方をつまらなくすることで、
言動をつまらなくすることで、服のセンスをひどくすることで、
わざと―――そう、わざと、世の中に悪い印象を与えている・・」
「―――まさか」

、、、、、、、
まさかって何だ。

「そう、彼等は霊的活動をしているのダロ、
世界を幸福にするために、世の中をよりよく保つために、
日夜つまらなさを追求しているのダロ。
かもちゃんは、騙されないダロ」

かもちゃんの説は熱を帯びてきた。
気が付くと周囲には人だかりが出来ていた。
もはや、つまらなさが究極に達するどころか、面白い方向に転換されていたが、
かもちゃんは自分がつまらないことをしていると頑なに信じていた。


   、、、、
―――何だこれ。


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