koichang’s blog

詩のノーベル賞を目指す、本を出さない、自由な詩人。

苔の話









苔とは何かといえば、緑色をしていて、
ジメジメしたところに生えていて、苔寺
神社の境内にあるとか、岩の上とか、川にもあるもの。
「わびさび」とか「君が代」というのも正解だ。
日本の苔文化における苔とはまず、長い歳月の象徴だ。
苔は一晩で一気に生えるようなことはなく、
何年も掛けて岩を覆っていく。
山水画の余白、枯山水の白砂、能狂言や日本舞踊のストップ&モーション。
日本人はこの植物に対する高潔さを感じ取っていた。
「日本庭園の雰囲気」にも欠かせない。
東洋的な美とは、永続性や壮大さ、対象性、
完全さといった美学とは正反対のものだ。
苔なんて生やしっぱなしのナチュラルヘアーだろと思われるが、
イノシシの被害では柵を作ったり、
繊細な手作業による手入れを必要としたりする。
それは蜘蛛の巣みたいなものといえばいいかも知れないし、
日常的に見れば、
非衛生的なものという言い方も間違ってはいない。
ただ、「風の谷のナウシカ」のように、
苔は土壌の生態系を維持し、
自然災害などで乱れた生態系を救う役割も果たしている。
それは人と自然の共生の姿で、地球の毛布だ。

ちなみに、華やかな桜と地味苔という構図、
この相反する二つの植物がともに日本人の死生観に繋がる。
「苔生(こけむ)す」とは「悠久の時間」を表すのだ。

苔には「セン類」「タイ類」「ツノゴケ類」
の三つのグループがある。
セン類は葉と茎の区別がはっきりしていて、
日常よく見るもの。また大きく丈夫な種が多いので、
ルーペで細部を観察しやすい。
タイ類はゼニゴケをイメージするといいが、
葉と茎の区別が不明瞭。
ツノゴケ類は知名度があまりないが、
爪楊枝のような形の朔を持っている。

ただ苔は緑いろと言いながら、
淡褐色の「イボミズゴケ(疣水蘚)」というのもあるし、
「ムラザキミズゴケ(紫水蘚)」ともなると紫紅色になる。
また日本では二千種類ほど確認されていて、
世界では二万種といわれている。
「タマゴケ(玉蘚)」は苔好きの中では一番人気の苔で、
丸い玉のような胞子が特徴の苔。
葉は繊細で細かい葉を広げ、乾燥すると縮れる。
ちなみに「サワゴケ(沢蘚)」というのがよく似ていて、
僕は正直何処がどう違うのかよくわからなかった。
やはり、まず見分ける所から始まる。
樹木や花の種類、雑草やハーブの種類もそうなのだ。
電車も車も、自転車も、まず見分けるところから始まる。
そしてそこに名前を付随させ、定着させる。

ちなみに「北八ヶ岳」「奥入瀬渓流」「屋久島」は、
苔の三大聖地といわれている。
苔寺」として有名な西芳寺京都府)の日本庭園も、
一度は行っておきたいところだろう。
苔と石板で描いた市松模様の苔庭がある東福寺は、
わざわざ行ってみる価値があると思う。
なお、苔の花というのも存在する。
ところで世界最大の苔は「ドウソニア・ロンギフォリア」で、
全長六〇センチ。逆に一番小さなものは、「カゲロウゴケ」で、
その葉は大きな細胞を持つものとしても有名だ。

そういえばマリファナ(大麻)に含まれる主な有効成分は、
カンナビジオール(CBD)とテトラヒドロカンナビノール(THC)であり、
このうちTHCは多幸感を覚えるなどの作用を持つ、
向精神薬として使われているが、
苔類のうちケビラゴケ科オオケビラゴケ属(Radula)も、
THCと同様の作用を持つ化学物質を含むことが報告されている。

さて、苔は植物で、光合成をしてエネルギーを得ている。
植物の祖先は元々水中で生活していたが、
苔は最初に陸上に上がった。
デボン期の末期、三億五〇〇〇万年以上前の記録が残っている
「植物界の両生類」で有性生殖と無性生殖の両方を備え、
有性生殖によって遺伝的に変化しながら繁殖することも、
無性生殖によって自分と同一のクローンを増やすこともできる。
とはいえ、苔には木や草のように、
大きくて生存能力が高い種子を作ることができず、
根を遠して土から水を吸い上げて、
身体全体に行き渡らせる維管束という仕組みもない。
ただ、苔は小さくとも数多く作られる胞子で繁殖し、
雨や霧などを葉の表面から直接吸収する。

そういえば苔というのはクマムシみたいなところがあり、
乾燥時に無代謝状態になり、
水が与えられた時に復活する。
一体どのようにしてこんな進化をしたのかと思うと、不思議だ。
一九世紀のアメリカやイギリスでは苔の採取が流行し、
庭園に苔庭を作ることが広まった。
苔庭は主に木の板で囲まれた上に平らな屋根を被せて作られ、
日光の射さない北側だけは開いていた。
板の隙間には少量の苔が生やされ、苔庭内の湿度を保つことに役立った。

ミズゴケの仲間は自らの重さのおよそ二〇倍の水を吸収する。
第一次世界大戦の時には、
ミズゴケが救急道具として使われた。
コットンより三倍の水分を吸収し、保水性も高く、
全体に水分が広がりやすく、冷たく、柔らかく、感触も良く、
抗菌性も有ると言われていたた為だ。
アメリカの先住民たちは伝統的にミズゴケを、
オムツや衛生用品として使用し、
未だにカナダでは使用している人達もいる。
またウィスキーに使われている「泥炭(ピート)」も苔だ。

そういえばコケを愛してやまない女性は「苔ガール」と呼ばれ、
苔ガールコンテストまで行われている。
その内アニメや漫画になるかも知れないと僕は本気で思っている、
なろうファンタジーが日常における、
ありとあらゆることを取り込もうとするように、
アニメや漫画といったものは様々な趣味や文化を収集する。
ちなみに毎年イギリスで開催される世界最大のガーデンショー、
チェルシー・フラワーショー」では、
苔を多用する日本人庭園デザイナーが金賞を何度も受賞している。
その作風から「Moss Man(苔男)」という異名がつけられているのだが、
そろそろ日本庭園という切り口のアニメや漫画はどうだろう。

近頃では苔を生育する人もいて、
苔テラリウムといって、容器の中で湿度を保ちながら育てることで、
試験管の中や、硝子容器や瓶の中などで育てる。
多くの人はこの植物の官能的で柔らかな手触りを愛する。
LEDライトや蛍光灯で育てたり、水を二、三週間に一度与えたり、
色艶が悪くなってきたら肥料水を与えたりする。
換気は余裕があれば一日五分ぐらいしてやるといいらしい。
ちなみにテラリウムを作るのも十分ぐらいとだという。
かように、ほとんど放置プレイのような具合だが、
黴が生えたり、枯れそうになったりすることもあるらしい。

ただそういうことがあると、甲虫と同じことだ。
人による苔の踏みつけや、業者による乱獲、
希少種は一部の愛好家による過度の採集によって、
消滅の危機にあるものも存在する